「読者層はビジネスパーソンやOL、主婦など一般の人が多いです。左派にしてみれば、たとえ関心の高い労働問題であっても自衛隊の存在そのものに反対な人が多いためスルーし、一方で右派も『自衛隊はどんな理不尽にも耐えられる強い精神が必要だ』『たとえどんなにつらかろうが、自衛隊が泣き言なんか言うわけがない』というスタンス。右派からも左派からもなかなか理解は得られませんでしたが、一般の方々は『自衛隊ってそんなにきつい職業だったのか…』『うちの職場もブラックだけど自衛隊ほどじゃない』と興味を持ってくれたのです」

 小笠原さんは連載が始まったキッカケをこう振り返る。

「今から10年以上前、SNSで元自衛隊のパイロットと知り合ったのですが、その方は北朝鮮の不審船対応の任務に就いていました。その時は北朝鮮側が撃ってくるかもしれないという緊迫した状況でしたが、防衛出動がかかっているわけではなかったため、武器を持たず丸腰だったそうです。彼らは仲間たちと遺書まで書いて覚悟を決めて任務にあたっていました。そうした話を聞いていくうちに、自衛隊の劣悪な労働環境や待遇を知り、誰かが声を上げなければいけないと思ったんです。その後、扶桑社の編集者を知人に紹介してもらい、2016年に連載がスタートしました」

 小笠原さんが、それほどまでに驚愕したという自衛官の労働実態とは、一体どんなものだったのだろうか。

極寒の体育館で雑魚寝
休憩や食事もひっそりと

「自衛隊ができない100のこと」で最も反響があったエピソードは、自衛隊の「災害派遣、雑魚寝問題」だ。冒頭の写真は、ある自衛官がこっそり撮影し提供してくれたものだそうだが、本人が特定される恐れもあるため、日時や場所は伏せて掲載する。

「この時期は冬でしたが、災害派遣で駆けつけてくれた自衛官たちは、寒い体育館で布団もなく、男性同士で体を温め合いながら寄り添うように睡眠をとっていました。なぜそんなことが起きるかといえば、自衛官が被災地へ向かう際、自衛隊トラックには人命救助の道具を優先して積み込むため、彼らの寝袋を積むスペースがないからです。また、被災地に向かう道は舗装されていないガタガタ揺れる山道であることも多いのですが、座席ではなく荷台の側板への乗車で、座骨神経痛を患っている自衛官も多いと聞きます」