自分をOKだと思い始めると、
新しいことが展開していく

:別にほめられようが、何かできようができまいが、もともとOKなんだという、存在としてあるがままでOKなんだというところに、みんなが気づくということが本当に大事なこと。

向令孝(むかい・れいこう)
1947年、大阪生まれ。高校3年生の時、父の急逝を目の当たりにして無常を観じ、関西学院大学1年生の時、たまたま臨済禅師の言葉「無位の真人」に出会って衝撃を受け、禅に傾倒し、現方広寺派管長・大井際断老師について参禅修行を始める。最初に参加した7日間不眠不休で坐禅をする荒行にて、いきなり見性(悟り)する。大学卒業後、大手流通企業に就職するが、29歳で出家得度し、6年間の雲水修業を経て兵庫県の相国寺派法雲寺住職となる。1987年より毎年ドイツに行き参禅指導を続ける。1995~2011年まで臨済宗方広寺山内の奥山青壮年研修所所長を務め、2007~2011年まで臨済宗方広寺派教学部長を務める。現在は浜松市の方広寺派祥光寺住職。
http://imakoko.hamazo.tv/

阿部:そうすると、みんな力が抜けて、初めて自分を生きるっていうことが、できてきますよね。

:自分を信頼できるし、それは完全にリラックスして自分はOKと感じるものだから、周りも信頼できる。そこから本当の人間的な交流というのが始まって、新しいことが展開していく。

阿部:それまでっていうのは、お互いに様子をうかがいながらディフェンスがあって、お互いに壁があって、それで、当たり障りのないことをちょこちょこ言いながら、何とかお互いの一致点を見出して人間関係を作っているけれども、そんなものも本当はいらないんだよねぇ。

:もともと一致しているというところからスタートすればいいんだけれども。

阿部:そうだよね。そうすると人間関係なんかも風通しがよくなって、ストレスもないし、それで、そこにはもう、相手に対する判断っていうものが少なくなっているよね。
お前はそういうやつだから、っていうようなものが自分の中で消えていくから。

:あるがままでOKなんだから。裁かないんだから。自分も裁かないし、相手も裁かない。

阿部:そうそう。そのOKは、単なる及第点まであなたが到達していますよ、っていうOKじゃなくて、ホントのところのOK!

:もともとOKなんだよ、っていうことなんだよね。

阿部:その「もともとOK」だっていうことを、ちょっと難しい言葉で、“ブッダ”って言うんじゃない?