カオスの中に法則性を探す
そこでシモンズは、金融市場をカオス系の1つとして扱うことにした。物理学者が自然法則を突き止めるために、膨大な量のデータをじっとにらんで的確なモデルを組み立てるのと同じように、シモンズも数学的なモデルを組み立てて金融市場の中に秩序を見いだそうとした。
その方法論は、何年も前にIDAで仲間と一緒に編み出した戦略に似ていた。市場はさまざまな隠れた状態を取り、それらは数学モデルで特定できると論じたあの報告書だ。いまやシモンズは、その方法論を実世界で試すこととなった。
“これをモデル化する何かしらの方法があるはずだ”とシモンズは考えた。
シモンズは新たな投資会社の名称を、マネメトリクスと決めた。「マネー」(お金)と「エコノメトリクス」(計量経済学)を組み合わせた名前で、数学を使って金融データを分析しては、取引で収益を上げることを表していた。
IDAでシモンズは、敵国ソ連の通信のノイズに隠された「シグナル」を特定するためのコンピュータモデルを組み立てていた。
ストーニーブルック校では、才能のある数学者を見抜き、誘い込み、操っていた。そして今度は、市場データを詳しく調べてトレンドを見いだし、そこから収益を上げる公式を導くための、優秀なチームを雇うこととなった。
どこから手を付ければいいか、シモンズは考えあぐねていた。分かっていたのは、通貨市場が制約を解かれて、収益を上げられる可能性が開けたことだけだった。
シモンズの頭の中には、設立間もない会社の共同経営者として理想的な人物が思い浮かんでいた。IDAで一緒に研究報告書を書いた一人で、カオス的な環境の中に隠れた状態を特定しては短期的な予測をおこなうことに時間を費やす数学者、レニー・バウムである。
あとは、革命的で実績のないシモンズの方法論に人生を賭けてくれとバウムを説きつけるだけだ。