ウォール街で桁外れの利益を出し続ける謎のヘッジファンド「ルネサンス・テクノロジーズ」。創始者のジム・シモンズは、40歳で数学者からトレーダーに転身した。なぜ、素人集団のルネサンスが市場で勝ち続けてきたのか。人間の感情を一切排除したアルゴリズム投資の裏で繰り広げられる、科学者たちの喜怒哀楽のドラマを描いた『最も賢い億万長者 上巻下巻』(グレゴリー・ザッカーマン著、水谷淳訳)の日本版が刊行された。これを記念して、内容の一部を公開しよう。
時は1990年代、シモンズとともにヘッジファンドを運営してきた仲間が去り、シモンズが会社とファンドの指揮をとるようになってからのこと。新たな助っ人として、数学者のヘンリー・ラウファーやニック・パターソンらが加わり、シモンズのヘッジファンド「メダリオン」は短期トレードに改良され、取引の精度を高めていった。

クオンツヘッジファンドは誰から富を奪っているのか?Photo: Adobe Stock

人間の非合理的な行動が
多くの損失を生む

 それまでシモンズらは、数を増やしつづける自分たちのアルゴリズムがなぜこれほどまで正しく価格を予測できるかについては、あまり時間を割いて考えることがなかった。彼らはあくまでも科学者や数学者であって、アナリストやエコノミストではなかった。あるシグナルが統計的に有意な結果を導けば、それだけでトレーディングモデルに組み込む理由としては十分だった。

「どうして惑星が太陽の周りを回っているかなんて分からない。だからといって惑星の動きを予測できないわけじゃない」とシモンズはある同僚に語った。つまり、市場にパターンが存在する理由を突き止めるのに時間を割く必要はない、という意味だ。

 それでも収益は急速に積み上がり、信じられないくらいに増えていった。メダリオンは1994年6月だけで25パーセント以上、年間では71パーセントの収益を上げ、シモンズでさえこの結果を「驚くばかりだ」と形容した。しかも、この年には連邦準備制度理事会が何度も金利を引き上げて、多くの投資家が大きな損失をこうむっていた。そんな中でメダリオンはこれほどの収益を上げたのだ。

 ルネサンスのチームは、投資者の多くと同じく好奇心をそそられた。いったい何が起こっているのかと考えずにはいられなかったのだ。メダリオンがほとんどの取引で収益を上げているとしたら、逆に損失を重ねているのは誰なのか?

 やがてシモンズは次のような結論に達した。損を出しているのはけっして、買い持ち型の個人投資家や、会社の事情に応じて外貨のポートフォリオをときどき調節する「多国籍企業の財務部」といった、頻繁に取引をしない人たちではなさそうだ。

 どうやらルネサンスは、規模の大小にかかわらず、同業の投機家の弱点や落ち度につけ込んでいるようだったのだ。