シモンズは投資をかじったことはあったものの、それまで特別な才能を見せつけたことはなかった。
シモンズと父親が知人のチャーリー・フライフェルドの投資パートナーシップに賭けたお金は、フライフェルドが砂糖価格の急騰を言い当てたことで100万ドルほどに増えたが、すんでのところで大惨事に見舞われそうになった。フライフェルドが保有債券を投げ売りしてからわずか数週間後に、砂糖の価格が急落したのだ。
フライフェルドもシモンズも下落など予想しておらず、ただ単に、かなりの収益になったら現金化しようと思っただけだった。
「信じられなかった。運が良かっただけだ」とシモンズは言う。
それでもシモンズはなぜか自信をほとばしらせていた。それまでに、数学を征服し、暗号解読を成し遂げ、世界クラスの数学科を築いていた。そして今度は、投機の世界を支配できると確信していた。
その理由の1つが、金融市場のしくみについて特別な何かを思いついたことだった。その頃、一部の投資家や学者は、市場のジグザクな動きはランダムであって、入手可能な情報はすでに価格の中に織り込まれており、価格を上下させるのは予測不可能なニュースだけであると考えていた。その一方で、価格の変動に反映されるのは、経済や企業に関するニュースを予測してそれに反応するという投資家の取り組みなのであって、その取り組みがときに実を結ぶのだと考える者もいた。
そんな中、違う世界からやって来たシモンズは独特の見方を取った。大量のデータを入念に調べ、ほかの人にはランダムに見えるところに秩序を見いだすことに慣れていた。科学者や数学者は、混沌とした自然界を掘り下げていって、思いがけない単純さ、構造、さらには美を探し出す訓練を受けている。そうして浮かび上がってくるパターンや規則性が、科学法則としてまとめられるのだ。
シモンズは次のような考えに至った。
市場は必ずしも説明可能かつ合理的な形でニュースや出来事に反応するわけではなく、そのため従来の分析や常識やひらめきに頼るのは難しい。それでも金融商品の価格は、市場がどれほど混沌として見えようが、少なくともいくつかのはっきりとしたパターンを示しているようだ。ちょうど、一見したところランダムな天気のパターンの中から、隠れた傾向を見つけ出せるのと同じように。
“そこには何かしらの構造があるんじゃないだろうか”とシモンズは考えた。
あとはそれを見つけるだけだ。