出会いの偶然と必然

 出会いで有名なのは、太公望の話だろう。釣り好きの代名詞になっている太公望だが、呂尚といった。

 大変な零落ぶりで、魚釣りばかりしていた。

 周王室の西伯(文王)が猟に出ようとして占ったところ、「獲物は龍にあらず、虎にあらず、熊にあらず。獲物は覇王の輔弼(ほひつ)の臣であろう」と出た。猟に出かけると、果たして渭水の北岸で、一人の釣り人に出会った。それが呂尚だった。(『司馬遷 史記』市川宏、杉本達夫訳・徳間文庫)

 文王と呂尚は大いに意気投合し、文王はあなたこそ周王室を隆盛に導く人で、先君大公が待ち望んでいた人だと言い、「太公望」と号を与えて、軍師に命じたという。

 人の出会いは、このように偶然だ。しかしそこには出会うべくして出会う必然もある。それは文王が人材を求めていたこと、そして呂尚も零落してはいたが、国を憂い、国を改革する意欲を発して、それに対する準備をしていたことだ。

 あなたを求めている人が必ずいるはずだ。それは何人も必要ではない。一人で良いのだ。その出会いを良い出会いにするためには、あなたには出会いを求める意欲が必要なのだろう。

 安藤さんも、何かになりたいという意欲を背中から発していたから、それを受け止める人がいたのだ。

人は必ずあなたのことを見ている

 もしあなたが仕事をしているとしようか?それはアルバイトでも臨時雇用でもいい。もち論、正社員でもいい。でも認められなくて、くしゃくしゃしていたとしようか。自分のことなんか誰も見ていないし、認めてもくれない。そう思っている人は多いだろう。それじゃあ、あなた、良い出会いは実現しないよ。