Bang & Olufsen 銀座

 Bang & Olufsenブランドを代表する人気製品をセレクトし、ゴールドを基調とした統一感のあるカラーでまとめた限定ライン“Golden Collection”(ゴールデンコレクション)が発表された。

 1000万円を超す(!)フロア型スピーカー「Beolab 90 Gold Tone」、77V型/88V型が選べる有機ELテレビ「Beovision Harmony Gold Tone」など、フラッグシップ機を筆頭に、比較的手軽に買える完全ワイヤレスイヤホン「Beoplay E8 第3世代 Gold Tone」やBluetoothスピーカー「Beosound A1 第2世代 Gold Tone」など、9モデルをラインアップしている。

比較的手軽にいい音を楽しめるポータブル製品

 その魅力をBang & Olufsenの直営店であるBang & Olufsen 銀座で体験することができた。高音質、シンプルで高品質なデザイン、そして配慮された使い勝手が、Bang & Olufsen製品の特徴だ。では、こうした製品はどのような思想、プロセスを経て世の中に送り出されているのだろうか? デンマーク本社でB&O音響責任者=トーンマイスターを務める、Geoff Martin氏にオンライン取材する機会を得た。

音そのものへの関心だけだと少しガッカリする

 Geoff Martin氏は、Bang & Olufsen製品の音を決める耳を持つ人物。カナダのマギル大学で録音・音響技術に加え、音楽的な知識とセンスを兼ね備えた音の専門家(Tonmeister)を養成する音響学の修士コースで、パイプオルガン専攻の学士、音楽の修士、そして音楽・メディア・技術分野での博士号を取得したのち、Bang & Olufsenに入社したという。その経緯については以下のように話す。

Martin 「私自身、大学の学位は音楽で取り、博士課程では音響を学びました。エンジニアではありませんが、恩師がトーンマイスターをしていた関係で、エンジニアのように生きてきた面があります。

 Bang & Olufsenとの出会いは、博士号を取ったモントリオールの大学で、研究室が同社のサポートを受けていたためです。卒業後、私はカナダの外に出たいと考えていました。ほかにも、ソニーやパナソニックといった様々なメーカーがあり、さまざま交流から刺激を受けましたが、その中の1社がBang & Olufsenだったのです。

 Bang & Olufsenは当時、オートモーティブオーディオシステム(車載オーディオ)の新部門を作ろうとしていて、それに興味を持ちました。ゼロからのスタートで、クリエイティブな仕事ができる点が魅力でした。そこでは、オーディオシステムの設計、DSPを使ったチューニングを担当し、試作したものをいろいろなメーカーに持っていく仕事を担当しました。製品に落とし込んだプロトタイプを作り、ブランディングし、製品開発のリサーチやクリエイティブなどが混じった内容です。これを5年ほど担当したのち、ホームオーディオの部門に移り、14~15年の時間が経ちます」

 いい音の定義は難しく、人によって異なる感想を持つ面もあるだろう。Geoff Martin氏は「いい音とはシンプルに、聴いている人が音楽を個人として楽しめるかどうか」だと話す。つまり映画や音楽と言ったコンテンツを楽しむことが重要であり、音響機材自体の音を聴くことではないということだ。

 Geoff Martin氏は、(映像や音楽を視聴する際)Bang & Olufsenのスピーカーの音がよかったと言われても、悪かったと言われても、同じようにがっかりすると話す。それはコンテンツではなく、機材のほうにリスナーの関心が向かっているためだ。逆に「この曲をこんなふうに聴いたのは初めてだ」ということを目指して製品の開発をしているという。

目指すのはスタジオの音を家庭に、しかしスタジオ機材を持ってくるのは違う

 そのために、どのようなアプローチで音作りに励んでいるのかを聞いてみた。

Martin 「われわれの哲学は、レコーディングスタジオやマスタリングスタジオで出す音を、カスタマーのリビングルームにも届けるという点です。スタジオには、レコーディングエンジニアやマスタリングエンジニアがいて、中音、低音、高音のバランス、イメージング(音像の表現)や奥行きの深さ、左右の音場の広さなどを決めています。これらを忠実に伝えたいのです」

 ただし、スタジオにある機材を家庭に置けば済むほど話は単純でない。

Martin 「Bang & Olufsenのスピーカーはスタジオモニターであるべきではないとも思っています。ユーザーは、スタジオに住んでいるわけではありません。スタジオの環境、そして、スタジオで鳴っている音を、リビングルームでどう再現するかが大切です。いい音をどう届けるか? 必要なのは、周波数応答性をフラットにすることではありません。われわれはリスニングルームに注目しています。

家庭環境に合わせたデザインと音を追究するのがBang & Olufsenのオーディオだ。

 例えば、いまコンピューターから鳴って耳に届く音のほとんどは、(スピーカーから発せられた直接音ではなく)反響音です。つまり、適切に反響がコントロールされたスタジオではなく、家庭のリビングでスタジオモニターの音を聴いても、スタジオでエンジニアが意図した音の再現にはならないのです。

 Bang & OlufsenのBeolab 90/50には、ナロー、ワイドといった音の指向性をコントロールする機能が用意されている。この機能を利用することで、リスニングポイントをピンポイントに狙った再生や、部屋のどこの位置にいても好ましく聞こえる再生など、利用シーンに合わせた音の再現が可能となっている。

Martin 「重要なのは、音の方向性です。スピーカー開発においては指向性を重視しています。ひとりで座って聴いても、ふたりが並んで聴いても同じように聴こえる。そんなふうにスピーカーが部屋に語り掛けることを念頭に開発しています。

フラッグシップスピーカーの「Beolab 90」

 そのために、時間応答性の概念が重要になります。ブランコに子供を載せて押す状況をイメージしてほしいのですが、押したままそのままにするとブランコは止まらず、前後に動き続けると思います。キックドラムのような音の再現には、ドライバーを押す(プッシュアウト)だけでなく、引く(プルバック)動作も重要です。これらを適切なタイミング(インタイム)で実行し、音の方向性や空間を正確に再現する点を重視しています」

 一方、ピュアオーディオの世界ではデジタル処理に対するアレルギーも根強い。音源に含まれた情報は加工せず、ストレートに出すのが好ましいという考え方だ。ただ、最近では音楽制作やハイエンドのHi-Fi機器でも積極的にデジタル処理による補正を取り入れるブランドが増えてきた。これは機器から出た音が環境によって変化することを考慮し、リスナーがより本物に近い感覚で音を体験できる補正をする考え方だ。

Martin 「Bang & OlufsenのBeolob 90は、18基のドライバーで構成されています。信号はそれぞれに対して適切な形でフィルタリングされ、独立したアンプで制御します。

 確かに、デジタル処理(DSP)がまだ新しい技術だったころ──20年ほど前にはネガティブな面も多くありました。デジタルオーディオに批判的な人は、20~30年前の記憶や体験に基づいている場合も多いでしょう。

Beolab 50も多数のユニットを制御して指向性をコントロールする機能を持つ。

 しかし、今日ではこうした処理は基本的に必要なものだと考えています。アコースティックな事柄と、メカニカルな事柄を補完し合い、解決するためにはデジタル技術の補正が必要です。これはアナログ技術だけではできません。

 Beolab 90は複数の指向性を選べます。ナローモードだけであればアナログ技術だけで済みますが、ワイドモードのような広い音場を再現しようとすると、スピーカーの筐体がとても大きくなってしまいます。このサイズを削減するためにDSPを利用します。小さいキャビネット、大きいキャビネット、そして大きな部屋、小さな部屋など、再生機器やリスニング環境に合わせて適切な処理をするのです」

 Geoff Martin氏は少し苦笑しながら、以下のように話す。

Martin 「よくアナログとデジタルの優劣が比較されますが、その際にやってしまいがちなのは、できの悪いデジタルのシステムとできのいいアナログシステムを比べてしまうことです。私からしてみると、この比較はあまり意味がなく、これはバイオリンと水泳のどっちが上手いかを比較するようなものです。使用しているのがアナログの技術なのか、デジタルの技術なのかではなく、このデバイスの音がいいかどうか。完成した製品が、最終的に出す音の優劣で判断すべきではないでしょうか?」

厳しい環境だが対策できる車内と、環境が揃わない家庭

 デジタル補正を積極的に活用する背景に、車載オーディオを開発した経験があるのではないかと思い、尋ねてみた。

Martin「車載オーディオの面白いところは、悪いリスニングルームに長時間いる点です。聴く環境が最悪というか、そもそも音楽を再生するのにふさわしくない場所となれば、自然と補正処理が必要になります。

 ただ、その一方で車内の音響特性がどのぐらい悪いかも把握できます。だから、それを見越したコントロールができるのです。例えば、座席が部屋の中央にないなら、それぞれのスピーカーまでの距離と、同じ音に聞こえる音量レベルに調整すればいいのです」

 それではリビングはオーディオにとって良い環境なのか、そうではないのか。

家庭用スピーカー

 ここは生活空間ならではの、自動車とはまったく異なる「変化」を想定する必要がある。例えば、同じ広さのリビングがあったとして、常に部屋の中央に置いたソファにずっと自分ひとりが腰かけて音楽を聴くわけではなく、様々な位置に移動しながら音楽を聴くことが多い。友達が来れば、ソファに座る位置も異なるし、人がまったくいない室内と多くの人が集まった室内では音の反射も相当に異なるだろう。それどころか、音の反射は家具の位置や内装の素材が少し変わっただけでも大きく変化してしまうのだ。

Martin 「適切な補正をするためには、室内にマイクを持ち込んで計測し、デジタル処理を入れる必要がありますが、リビングの場合、仮に特性を厳密に計測して補正しても、状態がすぐに変わってしまいます。ここが自動車にはない難しさです。

 車では、シートを変えるなど大きな変更さえしなければ、1台ぶんのデータを取ってそれを反映するだけで済みます。しかし、リビングではそうはいかず、無数の変化によって生じる影響を考慮しないといけません。特に低域の再生では、(利用状況に合わせた)アクティブの補正が大事になりますね」

 オーディオメーカーはオーディオ機器の再生音をチェックする際に、十分な調音がなされた広い部屋を利用するのが一般的だ。しかし、実際に使うユーザーのリビングルームに近づける必要があると話す。オーディオ機器は、整った環境で最適なチューニングをし、そのまま家庭に届ければ、手放しでいい性能が出せるものではない。一度調整したうえで、改めて一般的な部屋で確認しなおして再度調整するこの繰り返しが必要なのだという。

Martin 「自動車を開発する際、テストトラックでは高い性能を出せても、オフロードを走ったら性能が足りないと感じる。それと同じです」

試聴に使う音源に必要なのは高音質かではなく、よく知っているか

 試聴に使う楽曲についても聞いてみた。

Martin 「試聴に使う音源は幅広く、ジャンルを問いません。ヘビィメタルからロック、ポップスまであらゆるものを聞きます。音質チェックをする際には、最初に聴く10トラックがあります。いい録音も悪い録音もありますが、どういう特徴があるかよく分かっていて、悪い音源でもどの程度悪い音かの期待値がある。結果、問題がどこにあるかを把握できるからです。

 そのうえで、例えばステレオイメージ(音像)の再現に問題があれば、その解決のための音源リスト、歪みの場合はそれに合った音源リストを選んで、改善していきます。中域、低域、高域、空間再現、ステレオイメージング、立体感、ディストーションをチェックするための音源(例えばそのような音が切り取られた音集)があります。

大画面の有機ELテレビと組み合わせた映画も体験した。
扇状にひらく前面は通常モデルとは異なるゴールドのパーツが用いられている。

 そして、重要なのは、ひとつの部分に絞って問題を解決しないことです。音質はたくさんの要素が積み重なった結果で決まり、ある部分を改善できたが別の部分に影響が出るトレードオフも発生します。

 間違いはひとつの音源を聞いてそれに揃えることです。過去に私も失敗したことがあります。スティングの曲で、レゾナンスの問題を解決しました。しかし、そのスピーカーを自分の部屋で聴いたら全くダメでした。いろいろな音源をいろいろな部屋、いろいろな部屋で聴くことが大切なのです」

 Geoff Martin氏によると、よく知る曲のひとつは、レナード・コーエンの「バード・オン・ザ・ワイヤー」をジェニファー・ウォーンズが歌ったものだという。話にも出ているように、重要なのは、サウンド自体のできではなく、その曲から聞き取るべきサウンドを把握しているかどうかなのだという。これ以外にも、モノラルのボーカル曲から、幾つかの異なる相関値のピンクノイズといったシンセ合成音まで、音源は多彩で、スピーカーシステムの問題点を浮き彫りにするための手段として用いているそうだ。

 また、Bang & Olufsenの音に責任を持つ耳として、以下のような自負も持っているそうだ。

Martin 「製品の音決めに際しては、自分の耳を信じることにしています。自分自身でレコーディングした音源を、自分の耳で聞いて判断した際、測定値はいいのにいい音に感じないことも多くあります。サウンドが悪い際に測定値をみて、弱点がないかを判断することは大事ですが、測定値の見た目はいいのに、実際の音が悪い場合は自分の耳を信じることにしています」

広くはない部屋でオーディオをしっかり鳴らすために必要なこと

 最後に日本のユーザーからの要望として、日本特有のリスニング環境、特に音楽を再生できる部屋の制約に配慮した製品づくりを進めてもらえないかと尋ねてみた。その回答が以下だ。

Martin 「日本のユーザーに対して、われわれが改善すべきことは3つあると考えています。

 第1に、スピーカーが大きすぎること、そして何個も置けないという点です。

 部屋のスペースの制約は、特に低域と中域のバランスに影響を及ぼします。大きな部屋に小さなスピーカーを置くことはできますが、小さな部屋に大きなスピーカーを置くことはできません。(複数のドライバーを組み合わせて構成するマルチウェイのスピーカーでは)ウーファーとツィーターの角度が問題になるためです。例えば、(18個のドライバーを持つ)「Beolab 90」を1mの距離で聴いても、一つのシステムとして聞くことはできません。ツィーターの音とウーファーの音が離れすぎてしまうのです。

無指向性のBeosound Blance Gold Toneの台座部分は大理石を使ったゴージャスな雰囲気。

 実はドアから鳴る音と、背後から聞こえてくる音をどう統合するかはカーオーディオでも重要です。狭いスペースで音楽を聴く際に配慮すべき課題と言えます。

 第2に部屋のサイズによって再生できる周波数帯域やその特性に制約が出ることです。例えば、Bang & Olufsenが持つ大きな試聴室(10×21m)で共振する周波数が40Hz程度であるのに対して、3×5m程度の小さな部屋では400Hzになります。そこでBang & Olufsen では大中小の試聴室を用意して、部屋のサイズに関わらず、適切な再生ができるスピーカーを作れるよう努力しています。

 最後が、指向性の制御ですね。これはあまりにも近くで聴くと効果が出ない面があります。Beolab 50であればスピーカーから少なくとも50~70cm程度、できれば1.5mは離れてほしいです。そうすればソファに寝転んで頭がスピーカーに近づいてしまう、といった状況でも大丈夫だと思います。これはリスナーとスピーカーとの距離を指していて、壁との距離は関係ありません」

 コロナ禍で移動が制限される中、今回はオンラインでの取材となったが、Geoff Martin氏は5年前にイベントで日本に来て以来、日本を気に入っており、機会があれば家族を連れてまた訪れたいと考えているそうだ。住環境や移動が多い状況から、特に東京ではBluetoothイヤホンや、Bluetoothスピーカーが人気だが、こうした製品の音質アップにもぜひ取り組んでもらいたいところ。日本のユーザーならではの音楽リスニングスタイルなども伝わるといいと思った。

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