日本は1989年から2019年までの30年間でGDPが1.3倍にしか増えていないが、中国はおよそ30倍に増えた。中国国家統計局のデータによると、住宅の不動産価格は2000年から2019年までの19年間で、5倍近くに膨れ上がっているのだ。

 転売すれば、その不動産が確実に何倍にも上がり、あくせく働かなくても、不動産の上がりだけで裕福な生活ができる。だから、2つ目の不動産も買うのだ、というふうに考えるのはよく理解できる。

「1つ目」の不動産は
どのように入手したのか

 しかし、そもそも、彼らは「1つ目」の不動産をどのようにして手に入れたのだろうか。私は拙著『中国人のお金の使い道』の取材のため、中国の不動産市場について調べてみた。

 1978年の改革開放より以前、中国で住宅を建設、または管轄していたのは地方政府や国有企業などで、不動産は民間には開放されていなかった。中国では住宅分配制度が施行されており、都市部に住む中国人のほとんどは「単位」(国営企業や工場、学校、団体などの組織)に所属していて、中国人の住居は、その「単位」から非常に低い家賃で支給されているものだった。

 中国人にとって、当時の住居は「社宅」のようなもので、職場の敷地内や近隣に位置しており、当時の1人当たりの居住面積は3平方メートルほど。今では信じられないことだが、隣家の人とトイレや台所が共用ということも多かった。

 1980年代に住宅改革制度が始まると、徐々に分譲住宅の販売が解禁されるようになり、状況が変わってきた。中国では、土地は国家のものであり、企業や個人が土地を売買することは禁止されているが、土地の使用権は地方政府(または国家)の許可を得れば取得することができる。住宅の場合、その使用権は最長で70年までとなっている。

 1990年代になって、ようやく分譲住宅の開発や販売が進むとともに、それまで「単位」から支給されていた住居に住んでいた人々は、その住居をかなりの低価格で払い下げられるようになった。そのようにして得たのが「1つ目の不動産」というわけだ。

 その不動産は、一定期間は転売が禁止されていたが、上海市などを皮切りに、次第に転売が解禁されるようになった。

 東京都内に住む50代の中国人男性によると、2000年ころ、吉林省に住む両親は「単位」から支給されていた広さ40平方メートルほどの狭い住宅を1万5000元(当時のレートで約200万円)で払い下げられた。エレベーターのついていない5階建ての建物だったが、その男性によると、物件は10年ほど前に転売。立地がよかったため、価格は10倍の2000万円に跳ね上がったという。おかげでその男性の両親は、その資金を老後の生活費に回せたという話だった。