一旦、社会を離脱すると、なかなかリスタートラインに立てない壁がある。
40代のサイトウさん(仮名)は、2年ほど前、契約社員として勤めていた都心の印刷会社を突然辞めた。以来、都内の昔ながらの賑やかな住宅街で、両親とともに住んでいて、現在も仕事をしていない。
職場環境が良くとも
「何となく」会社を辞める大人たち
元々、社内の従業員の紹介で入った会社だった。しかし、その紹介者は少し前に辞めていった。時々、一緒にお茶を飲んだりしたという女子社員も退職した。
主に教材の印刷を任されていた。製本から配送手配まで、忙しいときには休日もなく、1日、ほとんどフルに働いた。給料の中から、実家に間借りする身として、親にも毎月、食費を支払っていた。
職場内は、人間関係も悪くなく、居心地のいい会社だったという。でも、自分のやりたいこととはまったく違っていた。
「このままでいいのかな」
と、心のどこかで、いつも少し疑問を抱きながら働いていた。
正社員になれるチャンスは、いくらでもあったようだ。ただ、自ら「この会社の社員として勤めていきたい」という目標がなかったことと、若い社員が多くいる職場で「いまさら…」という気持ちもあった。
会社を辞めようと思ったきっかけも、
「何となく、会社に使われている虚しさとか、疲れも少しあった。時間が欲しかった」
と、サイトウさんは振り返る。
「たとえれば、ずっと孤独でした。カゴの中で、黙々と仕事してきて、乾いた感じというのかな。モヤモヤ感がありました。苦痛というほどではないけど、歯車になりかかっている自分がすごくイヤだったんですね」
サイトウさんが、口頭で辞職の意思を伝えると、上司は当然ごとく驚いたという。慰留もされた。
その上司も、サイトウさんより2歳ほど年下だった。すでに結婚し、子供が2人いて、しっかり家庭を持っている。
「それなのに、実家で両親と暮らす自分自身と、つい比べちゃったりするんですよ。そんな引っかかりも、多少あったのかもしれません」
この間、製本の糊、トナーなどをずっと吸い続けてきて、肺などの健康に悪い影響を与えるのではないかという漠然とした不安もあった。