ただおニャン子クラブが人気を博すごとに、プロやセミプロのメンバーが入るようになり、当初の新鮮さは薄らぎ、熱が冷めていった。結局、工藤静香というヤンキー系アイドルのスターを生み出して間もなく1987年に解散した。

 1997年、テレビ東京『ASAYAN』のオーディション企画から誕生したのがモーニング娘。である。初期メンバー5人は「シャ乱Q女性ロックヴォーカリストオーディション」の落選者から選抜され、CDシングル『愛の種』を5日間で5万枚を売り切ることを条件にデビューしている「テレビ企画アイドルグループ」だった。

 モーニング娘。も徐々に人気を博し、やがて国民的アイドルグループに成長した。おニャン子クラブと違い、プロとしての自覚のあるメンバーが多く、それについていけないと人気面で脱落するような厳しさもあった。また、新たなメンバーが入るたびに平均年齢が下がるが、メンバーはおおむね10人前後に固定されて、平均年齢がほとんど上がらない点にも特徴がある。

 人数が固定されている分メンバーの魅力や個性が重要になり、新規加入に「不作の年」があると途端に人気が落ちるというリスクを負っていた。またその一方で、モーニング娘。はエンターテインメント性を高めて実力をつけていくのだが、このことは「未成熟の一生懸命を応援する」という伝統的なアイドルファンには、マイナスの影響があった。

 モーニング娘。が国民的アイドルグループの地位を長く保てなかったことは、プロとして成長していくとともに必然であったともいえる。

CDを「共通通貨」にした
AKB48の特異性

 おニャン子クラブとモーニング娘。のあり方を踏まえてAKB48を見ると、三つの面で大きな違いがある。一つ目はAKB48劇場などの下積みの場があること、二つ目は握手会などで実際に会いに行き会話ができること、三つ目はそういった活動自体を経済化していることだ。

 従来、アイドルはメディアに露出することで、CDやコンサートなどの音楽活動などを収入の中心としてきたが、AKB48はファンとのふれあい自体を「CD購入」という手段で収益化した点が特異だった。