試験に6回も落ちた

竹内 本書の中でフランス語の試験に6回も落ちたために大学に入学できなかったエピソードを紹介されていますが(※その後、バーミンガム大学に入学)、フランス語の学習と本の執筆は、どちらが難しかったですか?

ナース えー、フランス語ですね! それから、日本語学習も遅々として進んでおりません。ごめんなさい(笑)。

竹内 この本はとてもよい生物学の教科書だと思うのですが、同時に、あなたの個人的な体験エピソードが散りばめられていますよね。このスタイルは意図的なものですか?

ナース 一般読者のみなさんに「伝えたい」と思ったのです。科学は、抽象的で人が関与しない営みでは「ない」、ということを。科学者は生身の人間であり、みなさんと同じだけれど、科学に強い興味を抱いているだけなのだと。

 ですから、あちこちに私の人生体験を挟むことにより、私がもっと人間的だとわかってもらえると考えたのです。科学者だって同じ人間です。人間なので、科学者もたくさんのまちがいを犯します。目の前で何が起きているかを常に把握しているわけじゃありません。メディアに登場する科学者像は、淡々と決められたことをこなしているようなところがありますが、実際は全く異なります。

 科学者は人間であり、まちがった方向に進むこともあります。大事なペトリ皿をゴミ箱に捨てたり(笑)。

 全知全能の神みたいに何もかもを理解しているわけじゃありません。読者に本当の姿を見せたかったのです。でも、私は自伝を書きたかったのではありません。私の自伝は退屈きわまりないでしょうから(笑)。

 人生エピソードについては、研究現場において、転換点になったような面白い事件についてだけ、書いたつもりです。このスタイルが、他の本とちょっぴり違う点だと思います。

語学が苦手で試験に6回も落ちた私が「ノーベル賞」生物学者になるまでポール・ナース
遺伝学者、細胞生物学者
細胞周期研究での業績が評価され、2001年にノーベル生理学・医学賞を受賞。1949年英国生まれ。1970年バーミンガム大学を卒業後、1973年イースト・アングリア大学で博士課程修了。エジンバラ大学、サセックス大学、王立がん研究所(ICRF)主任研究員、オックスフォード大学教授、王立協会研究教授を経て、1993~1996年王立がん研究所所長、2003~2011年米ロックフェラー大学学長、2010~2015年王立協会会長、2010年より現職、フランシス・クリック研究所所長。2001年に仏レジオン・ドヌール勲章、2013年にアルベルト・アインシュタイン世界科学賞を受章。世界中の大学から70以上の名誉学位や名誉フェローシップを受賞。首相科学技術顧問。本書が初の一般書となる。Photo by Fiona Hanson

竹内 いや、すばらしい執筆スタイルだと感じました。ところで、イギリスでは、ご著書の評判はいかがですか?

ナース いまのところ好意的な反応が返ってきています。新聞の短評でも好評です。でも、若者、つまりティーンエイジャーの読者の反響が大きく、とても嬉しいです。なぜなら、この本は14歳、15歳、16歳くらいでも読めるようにと願って書いたものだからです。イギリスでは出版されて3ヵ月くらいになりますが、2月中にアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど、英語圏で発売となります。

 そして、そういった国々からも、おおむね、好意的な反応が返ってきています。ですから、何十もの新聞で大々的に取り上げられているわけではありませんが、読者の興味を引き始めているように思います。とても嬉しいです。