バイデン大統領の「安堵と憂鬱」、政権発足100日で見えたことPhoto:Alex Wong/gettyimages

就任100日を超えた
バイデン政権

 バイデン米大統領の就任から4月末で100日になった。

 第32代フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領(FDR)が就任から100日以内にアメリカを世界大恐慌から救出すると約束して以来、新任大統領の仕事ぶりをまず100日目に評価することが、アメリカでは慣例となっている。

 ご存じのように、ルーズベルトは未曽有の経済危機を乗り切るため就任後最初の100日間に次々と「ニューディール」政策を打ち出した。

 その骨子は、(1)銀行・通貨の統制、(2)財政危機の会社・財産所有者への信用供与と援助、(3)農民の救済、(4)公共事業と開発事業の調整と促進、(5)労働組合の団体交渉権の整備、(6)社会保障制度の実施――など多岐にわたっていた。

 統制を嫌う実業界からは反発があったが、知識人、労働者、小作農民、失業者、移民、学生、黒人などの低所得者層から圧倒的な支持を得て、史上空前の地滑り的勝利で1936年に再選されている。

 外交でもそれまでの米政府の反共産主義から一転して、1933年にソ連を承認。ソ連という市場を開拓するとともにファシズムが台頭していたドイツや日本を牽制する意味もあったという。危機に直面したとき、いかに政治リーダーの決断と行動力が大切かということを示したお手本だ。

 1945年、ヤルタ会談の2カ月後に63歳で急死(公式な死因は脳溢血、実際は脳と腹部に癌が転移して認知症のような症状を呈していたらしい)したが、史上唯一4選を果たした大統領、そして初の女性閣僚を任命した大統領としても歴史に名を残している。

 こうして振り返ってみると、新型コロナという未曽有の危機に直面したバイデン大統領の100日は、明らかにFDRを意識したものであることが分かる。