コロナ対策の第3次補正予算
20兆円が未執行という報道も

 一部の報道によれば、1月末に成立した3次補正予算を中心に、現時点でもまだ昨年度の一連のコロナ対策のうち20兆円は未執行のまま残っているという(7月14日毎日新聞)。この20兆円という数字もいかにも巨額だ。

 必要なところに支援が届いていないという面もあるのだろうが、一方では、コロナ感染という前例のない事態への対応を急いだあまり、過剰な財政支出を行ったのではないかとの見方も一部にはある。

 これから秋にかけて、総選挙を意識しての補正予算策定を模索する動きも出てきている。

 個別具体的な政策の内容については、当然その評価はさまざまあり得るので、何が過剰で何が不足かという判断は簡単にできるものではない。

 しかし、昨年度の一連のコロナ対策が予算化されていくプロセスで、とにかく「数字、規模は大きければ大きいほどよい」というような政治の流れが強く感じられたことも確かだ。

 有力政治家が「経済対策」あるいは「財政出動」の規模を打ち上げ花火のように提案し、その大きさを競ってゆくような構図はいつ頃から一般的なものになってきたのだろうか?

不況の頻発では100年前と類似
野放図な財政支出警戒では大きな違い

 日本の政府債務が本格的に増え始めたのは、1970年代の第1次石油ショック以降のことだ。しかし、70年代に政治家が経済対策の大規模化を連呼するような事例はまだそれほど目立ってはいなかった。

 そういった動きが顕著になってきたのは、やはり、平成バブル崩壊後の1990年代以降のことだろう。

 名目GDPが戦後初めてマイナス成長を記録したのは、金融危機が本格化した98年度だが、この時期が、現在に至る「経済対策」、「財政政策」の肥大化の起点にはなっていることはほぼ間違いないところだろう(実は後からGDP推計基準の変更で1993年度がマイナス成長だったことが分かったが)。

 日本経済は98年度からコロナ不況の昨年度に至るまでの23年間で実に9回もマイナス成長を経験している。

 その度ごとに「経済対策」、「財政出動」が繰り返されているうちに、その規模感についての感覚が次第に失われてきたことが政府債務増大の要因に恐らくあるのだと思われる。

 ただ、不況が連続する時代ということでいえば、我々は100年ほど前にも似たような時代を一度、経験している。大正期から昭和初期にかけての時代だ。

 第1次世界大戦が始まった1914年度から、満州事変の起きた31年度までの18年間のうち、マイナス成長の年が7年もあった。マイナス成長が発生した比率でいうと、98年以降の23年間と全く同じだ。

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慢性的財政悪化は容認しなかった高橋是清

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