逆にいえば、1990年代、2000年代は、政府債務のGDP比率の急上昇ではあっても、「財政政策」の規模拡大ペースに一定の「抑制要因」が働いていたようにもみえる。

 高橋のような圧倒的な存在感を持つ政治家はいなかったにせよ、この時代までは、与党政治家の中に「歯止めのない」財政悪化を抑制しようというグループが一部存在していたことも大きかったように思われる。

 例えばリーマン危機後の経済対策策定時には、経済財政担当相、財務相などを兼任した与謝野馨という財政規律重視派の重鎮がいた。

 98年には、その前年に「財政構造改革法」を成立させていた首相の橋本龍太郎自らが財政規律維持の方向性を示す中で経済対策が策定された。

 それに対して、現在は有力政治家の中で財政規律重視派と位置づけられる政治家はほとんど見当たらなくなっている。1930年代と現代との決定的な違いは、現代の日本には高橋がいないことだともいえる。

日本は特殊な政治状況
民主主義国家として課題

 この点では、現在の日本は非常に特殊な政治状況になっていると言わざるを得ないだろう。

 米国では、共和党右派は現在でも強硬な「財政均衡主義」を主張する有力政治家を多く抱えている。新たに誕生したバイデン政権は、民主党左派の主張であるグリーンインフラ投資のプロジェクトを盛り込んだ大規模予算を現在、成立させようとしているが、議会に提出された対策は環境関連投資の部分は当初、政権が掲げたような規模にはなっていない。

 米国政治では「財政均衡主義」の共和党だけでなく、民主党の中にも左派の極端な政策に反対する中間派や右派が一定の「バランサー」の役割を果たしている。

 昭和初期の日本でも、財政拡張主義の政友会の対立政党だった憲政会は明確に財政規律重視の主張だった。そして何よりも、政友会および当時の日本の財政政策を主導した高橋是清自身が、財政拡張政策を実行しつつも、歯止めない政府債務の拡大を推し進める考えはなかったわけだ。

 民主主義国家では、政策の方向が一方に傾かないような「バランサー」が常に存在して安定を図っている状況の方が常態なのである。

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「バランサー」なき民主主義の帰結を懸念

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