2021年5月にリニューアルオープンした西武園ゆうえんちは、コロナ禍にもかかわらず、計画を上回る集客に成功しているという。リニューアルを指揮したのは、USJを再建したことで知られる森岡毅氏率いる株式会社 刀である。『苦しかったときの話をしようか』などの著者としても知られる森岡氏は、刀を立ち上げてから、丸亀製麺、ネスタリゾート神戸、農林中金バリューインベストメンツなども成功に導いてきた。なぜ森岡氏が関わるプロジェクトは必ず成功するのか?「カンブリア宮殿」出演で話題の男の秘密に迫る。(取材/ダイヤモンド社・亀井史夫)
連夜の「大火祭り」で西武園ゆうえんちの一人勝ち
カクテルライトに照らされたステージの上で、法被姿のダンサーたちが舞い踊る。ビートの効いたデジタルサウンドに乗って軽やかなステップを踏み、客席を盛り上げる。観客は皆立ち上がり、ダンサーたちに合わせて手を叩き、ジャンプする。まるでロックコンサートの夏フェスのような一体感。陶酔感。そしてカウントダウンが始まる。「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……」。次の瞬間、ステージ裏の小高い丘から花火が上がる。どんどん上がる。赤、黄、青……空は光で埋め尽くされ、音楽と同じリズムで空気を揺らす。都会で見る遠くの花火に慣れてしまった人にとっては信じられないほどの至近距離で、濃密な光のアートが繰り広げられる。振動が腹に響く。ダンサーたちは音楽と花火に合わせて舞い続ける。それはまるでラスベガスの一流のショーのような、ゴージャスで上質なエンタテインメントだった。
5月にリニューアルオープンした西武園ゆうえんちの目玉は、昭和の雰囲気を楽しむ「夕日の丘商店街」と超弩級のスリルと迫力の「ゴジラ・ザ・ライド」であった。「ゴジラ・ザ・ライド」は終了後にお客さんから拍手が沸き起こるほど稀有なアトラクションとして人気を博している。
そのわずか2ヵ月後に西武園ゆうえんちは、「大夏祭り」と題するイベントを打ち出した。昼には波のプールで「大水祭り」、夜にはレッツゴー!レオランドで「大火祭り」。どちらも日本の夏に相応しいイベントだ。特に「大火祭り」は圧巻で、数千発の花火が毎晩、空を彩る。コロナの影響で各地の花火大会は昨年に続き中止に追い込まれており、西武園ゆうえんちが一人勝ちしている状況なのだ。
考えてみれば、この夏に派手なテレビCMを打っているレジャー施設は西武園ゆうえんちだけだ。どこもコロナの影響を読みきれず、及び腰になっていたのだろう。
夏の間、毎晩数千発上げる花火を確保することも、大量のテレビCMの枠を確保することも、すぐにはできない。準備を進めるには、遅くとも半年以上前にその決断をしなければならないはずだ。コロナの先行きがわからない段階で、彼らは勇気ある決断を下していた。それゆえの「一人勝ち」なのだ。
数字に裏打ちされた「需要予測」のノウハウ
それを「たまたま賭けに勝っただけ」と言いたがる人もいるかもしれない。
しかし見てほしい。下記は森岡氏率いる刀が、2017年の創設以来、取り組んできたプロジェクトだ。
・丸亀製麺
全国約800店舗の巨大チェーンに成長したが、2017年から既存店客数が16ヵ月連続で前年割れする負のスパイラルに陥っていた。2018年に刀と協業。すべての店舗で粉から打った出来立ての価値を訴求する「ここのうどんは、生きている。」という新たなブランディングで押し出し、わずか半年で既存店の集客を2割も増やしてV字回復。
・ネスタリゾート神戸
破綻したグリーンピア三木をネスタリゾート神戸として再生させるも、慢性的な赤字に苦しんでいた。刀との協業で2018年9月「大自然の冒険テーマパーク」として再々出発。新キャンペーン開始からわずか1年で売上を2.6倍に増やした。コロナ禍の2020年には春の緊急事態宣言で休止を余儀なくされるも、夏から果敢に新エリアをオープンし、秋からは過去最高集客を更新し続け、終わってみれば初の黒字化を達成した。
・農林中金バリューインベストメンツ
日本最大規模の機関投資家である農林中央金庫グループの一角だったが、一般的な知名度は高くなかった。2019年8月に刀と協業し、金融商品のブランドを「おおぶね」に統一。わずか2年で口座数は7倍、運用規模は13倍に拡大した。
・西武園ゆうえんち
1988年の年間入場者194万人をピークに2019年には38万人まで減少していた。刀との協業で2021年5月「心あたたまる幸福感」をテーマに昭和の世界観でリニューアルオープン。コロナ禍と5月からの長梅雨という最悪のタイミングでのスタートに思われたが、連日大盛況で大成功の船出となっている。
いずれも大成功を収め、今なお成長を続けるプロジェクトばかりである。
中でも破綻したグリーンピア三木を買い取ったネスタリゾート神戸や、集客が全盛期の4分の1以下まで落ち込んでいた西武園ゆうえんちは、誰もがしり込みするであろう最難関だと思われていた。思えばその軌跡は、破綻寸前だと思われていたUSJをわずか数年で世界第4位のパークにまで押し上げてみせた奇跡からずっと一貫している。
これらの『V字回復』や『急成長』の連発は、果たして偶然で片付けられるだろうか。これほどの実績をあらゆる事業領域で出し続ける存在が他にあるだろうか。
かつて森岡氏は『確率思考の戦略論』(共著、KADOKAWA)という著書の中で秘伝の数式の一部を公開し、マーケターの間で大きな話題になった。その需要予測のノウハウは刀のアイデンティティの一つなのだという。
当然だが、刀の需要予測が100%完璧なわけではない。天変地異や紛争の勃発、100年に一度の疫病などは計算に入れられないだろう。しかし様々なデータを数学的に分析することでかなりの精度で正確な予測ができ、経営資源を集中して備えるべきシナリオを明確にできるという。それが他のマーケターとの圧倒的な違いだ。
沖縄では刀が主体となった新たなテーマパークの計画が着々と進んでいる。刀の快進撃はまだまだ続きそうだ。
戦略家・マーケター
高等数学を用いた独自の戦略理論、革新的なアイデアを生み出すノウハウ、マーケティング理論等、一連の暗黙知であったマーケティングノウハウを形式知化し「森岡メソッド」を開発。経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で劇的に経営再建した。
1972年生まれ。神戸大学経営学部卒。1996年、P&G入社。日本ヴィダルサスーン、北米パンテーンのブランドマネージャー、ウエラジャパン副代表等を経て2010年にユー・エス・ジェイ入社。革新的なアイデアを次々投入し、窮地にあったUSJをV字回復させる。2012年より同社チーフ・マーケティング・オフィサー、執行役員、マーケティング本部長。2017年にUSJを退社し、マーケティング精鋭集団「刀」を設立。
「マーケティングで日本を元気に」という大義の下、丸亀製麺を僅か半年でV字回復に導き、旧グリーンピア三木(現ネスタリゾート神戸)を経営再建させたほか、西武園ゆうえんちのリニューアルなどいくつものプロジェクトを推進。USJ時代に断念した沖縄テーマパーク構想に再び着手し注目を集めている。
著書に、『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(KADOKAWA)、『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(共著、KADOKAWA)、『誰もが人を動かせる! あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』(日経BP社)、『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』(ダイヤモンド社)などがある。