20万部のベストセラー『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』発売からもうすぐ一周年。今回、唯一の公式サブテキスト『【電子書籍限定】『独学大全』公式副読本』が発売された。この一年間に集まった様々な独学の悩みを解決するとともに、『独学大全』を英語、国語、数学、経済学、歴史……など、それぞれの学問分野の学びにどう生かすかについて、徹底的に解説している。
今回は特別に、冒頭の「無知くんと親父さんの会話」を公開する。(イラスト/塩川いづみ)
無知くんと親父さんの対話――「鈍器本」がまだ読めてないんです
無知くん:たのもう、たのもう。
親父さん:何だ、騒々しい。
無知くん:お久しぶりです。物を知らない若者で、以前独学のことで教えを受けた無知です。おかげで、少しは学ぶことの意味とか楽しさがわかるようになりました。
親父さん:そりゃ、良かった。じゃあな。
無知くん:ちょっと待って! 1年ぶりなんですから、もっとこう、何しに来たとか、いろいろ聞いてください!
親父さん:それじゃまあ、何しに来た?
無知くん:よくぞ聞いてくれました! これは先週生まれたうちの子猫の写真です。
親父さん:ほんと、何しに来た?
無知くん:実は、独学を始めたらいろいろ困ってしまって、どれから尋ねていいかわからなくなっているんです。
親父さん:「苦労せず成果だけを得たいんです」みたいな寝言を言ってたことを思えば、大いなる進歩だな。計画を立てない奴は計画倒れすらできないように、やってみない奴にはそもそも挫折すら経験できない。まあ何でもいいから、一つ言ってみろ。
無知くん:ではまず、鈍器本とかいう本が分厚すぎて、手が出せません。
親父さん:始めてもない! いいか、大抵の本は何百ページあるが、すべてのページが一斉に襲いかかってくるわけじゃない。一度に読めるのはたかだかそのページ、その段落、その一文だけだ。
無知くん:そりゃそうですが。
親父さん:一冊を読み切るか、それとも何も読まないか、そういう100か0かの白黒思考で読書を考えるのが間違いだし害が多い。そういう話は『独学大全』の中にも、何度も出てきたろ?
無知くん:そうでした。
親父さん:心配せずとも、書物は今のお前の実力に適ったものしか与えてくれない。何しろ読み手がページをめくらないことには1ページだって進みはしないんだからな。だが、これも『独学大全』で言った話だが、書物は待ってくれる(Books can wait)。今は読めるところだけを読み、幾多の学びを重ねた後に、必要ならまた戻ってくればいいだけの話だ。
無知くん:ちょっとだけ気が楽になりました。とりあえず何から始めればいいですか?
親父さん:巻末に織り込んである「困りごと索引」を見てみろ。順番に見ていって「自分のことが書いてある」と思ったら、そのページを開けばいい。それで足りないなら、もう一つの普通の索引を使え。こっちも単語でなく、文章やフレーズで載せてあるから、同じく「自分のことが書いてある」と思うものがあるだろう。そしたら、またそのページを開いてみろ。どのページから読んでいっても、一冊の書物はその内部にも外部にもたくさんの〈つながり〉が埋め込まれている。そうした〈つながり〉をたどれば、いつのまにか必要なことは読んでしまっているものだ。
無知くん:そんないい加減でいいんですか? それって文庫本の解説だけ読んで、読書感想文を書くズルとあまり変わらない気がします。
親父さん:じゃあ逆に聞くが、どうしたら一冊の本をちゃんと読んだことになるんだ?
無知くん:それは、まあ、最初から最後まで飛ばさずきちんと読む、というか。
親父さん:あえて言うが、そもそも一回通して読んだぐらいで、どうしてその本をちゃんと読んだと言える? 著者がその本に詰め込んだすべてを理解できるのか? 細部に至るまで丸ごと頭に入れられるのか? 言いたかないが、俺たちの記憶はザルどころじゃない。都合のいいように簡単に書き換えられちまう。ある本を読んだとのたまう連中の話を聞いていると、自分の記憶の片隅にあった何かを呼び出しただけで、目の前にある書き言葉とほとんど何も関係ないことだって少なくない。さあ、それで一体何を読んだことになるんだ?
無知くん:す、すみません。桜の木を切ったのは私です。
親父さん:やってない犯罪を自白させようってんじゃない。読書は刑罰じゃないしテストでもない。好きなものを好きなだけ読み散らかせばいい。最後のページから読もうと、その中のたった一行のためだけに読もうと、その結果は、他ならぬ読み手自身が担うんだからな。つまり独学と同じだ。何をどんな風に学ぶか独学者が自分で決めるように、どんな書物であれ、読み手は自分のニーズと制約に応じて、その時々に様々な読み方で読む。というか、そうするしかない。
無知くん:わかりました! ぼくも好きな本を好きなだけ、いい加減に読んでみます。
親父さん:書物は味わったら胃の中に落ちてなくなる食べ物じゃない。どういう読み方をしても丸ごと手元に残るのは、繰り返しいろんなやり方で読むことを期待され予定しているからだ。
※この記事は、『【電子書籍限定】『独学大全』公式副読本』からの抜粋です。