モビリティ大国日本で
取り組むMaaSの意義
古川 : MaaSに取り組む意義や目的は国や地域ごとに違いますが、一つの見方として、多数の自動車メーカーが存在する国か否かということが大きく関わっていると思います。これだけ世界中に普及している自動車ですが、その自動車メーカーの数は意外と少なく、日本は、この狭い国土に自動車メーカーが集中する非常に稀な国です。我々が調査したところでは、自動車メーカーを持たない国は、自家用車を持たなくてもクオリティの高い生活が送れるモビリティのあり方を突き詰めていて、先進的な考えを持っているケースが見受けられます。
たとえばイタリアは、先ほど挙げたように先進的にモビリティ政策を進めていますが、イタリアにも自動車メーカーが複数存在します。ただ、その多くは高付加価値なラグジュアリーカーであり、確固たる顧客基盤を確保しているため、自動車の全体的な需要が落ちても自国のメーカーの業績には大きな影響を及ぼしにくいとの前提があるように感じます。一方ドイツは、巨大自動車メーカーのお膝元ですから、自動車を中心としたモビリティサービスが発展しています。
日本はドイツと境遇が似ています。自動車メーカーがしのぎを削り、交通政策も自動車前提で設計されています。これまでのこうした発想から脱するには、不動産を手掛ける三井不動産のような企業が、今後生活者の視点で移動をどうとらえるのか、とても気になります。同時に、その発想がこれからの人とモビリティの調和の取れた街づくりのカギを握っているような気がします。
須永 : 日本にはトヨタ自動車をはじめとした自動車メーカーがあり、鉄道では全国を網羅する鉄道網としてのJRがあります。モビリティの価値という観点では圧倒的な強みがあるわけです。Suicaのような全国で連携する交通系電子マネーは、電車移動はもちろんですが、タクシーでも支払いに使えますし、買い物などさまざまな決済に対応しています。企業によっては社員のIDカード代わりにもなっています。
いまや全国どこに行っても使用でき、これはすでに日本版MaaSではないかと考える人もいるほどです。ただ、私たちが主な舞台としている都市部において、生活者向けのサービスには、まだまだ開拓の余地があると考えています。
当社では、MaaSを、デジタルを活用して不動産を多様なサービスとして提供する「リアルエステート・アズ・ア・サービス」の一環と位置付けています。街の中で、ユーザーが移動も目的地も豊富な選択肢から自由に選び、組み合わせて、「いいな」と思えるような顧客体験を提供することが目指す姿です。ユーザーが欲しい情報にアクセスして、もっと快適な生活シーンを実現するために、どう顧客体験を設計するのか、それがテーマです。
いま、フィンランドのMaaS Global社と協業し、同社が開発した世界初の本格的なMaaSプラットフォーム「Whim」(ウィム)を使った実証実験を行っているところです。これらはすべて、三井不動産のグループ長期経営方針「VISION 2025」に定める「テクノロジーを活用し、不動産業そのものをイノベーションすること」の一環であり、今後は、都市生活者の多様な生活ニーズに応じた複数のサービス提供をイメージしています。
プロジェクトを進めるに当たっては、サービス提供に関わってくださるパートナーを広く求め、生活者の皆さんが使いやすい仕組みをつくりたいと思っています。
カギとなるのは、三井不動産のサービスとして閉じないことだと考えています。MaaSの基盤上に、パートナー企業様の多様なサービスが用意されているイメージです。お客様の体験価値を高めるのは、土台となるピザの生地にどれだけおいしそうなトッピングが載っているかにかかっていると感じています。
MaaSなどの新しい試みは、コロナ禍のいま、沈んだ需要を喚起する意味もあります。交通サービスをはじめリテール、宿泊業など、課題は共通です。互いに目指すところは異なっていたとしても、同じプラットフォームを活用してそれぞれの結果を出し、利用者もベネフィットを享受できる。そのためにもMaaSの仕組みは、万人に便利に使っていただけるものでなければならないと考えています。
古川 : お話をお聞きして、「不動産×MaaS」にとってまず重要なのは、このプロジェクトが、三井不動産、パートナー企業、生活者の3者にとってウィン・ウィン・ウィンになることだと感じました。そのためには誰がそのコーディネーターになるかが大きなポイントになると考えます。コーディネーターとして持つべき能力、あるべき姿は、これまでにないものに変わっていくべきだと思われますが、そういった人材の育成を含めて我々が支援できる領域だと感じます。
また、テクノロジーの部分でも、我々の強みが活かせるはずです。我々がご提供できるテクノロジーの活用はもとより、パートナー企業のテクノロジーやビジネスとの橋渡しでも推進力の一端を担える知見があります。
実現には長期的な視野が必要ですが、生活者と街とモビリティをつなぎ、新しい付加価値を生活にもたらしてくれるプロジェクトだと実感しています。
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