グループ長期経営方針「VISION 2025」の基本ストラテジーの一つとして「テクノロジーを活用し、不動産業そのものをイノベーション」することを掲げる三井不動産。「モビリティ構想」では、人やコンテンツの移動に着目し、従来の不動産業の垣根を超えた体験価値の創出を目指す。不動産大手が取り組むMaaS(Mobility as a Service=サービスとしてのモビリティ)とはどのようなものか。三井不動産ビジネスイノベーション推進部の須永尚氏に、製造業を中心に企業変革やグローバル化の支援を行ってきたアビームコンサルティングの古川俊太郎氏が、その意義を問う。
街づくりの観点からとらえる
モビリティとは
古川 : 初めに、三井不動産の街づくりという事業の中で、どのような文脈でモビリティを組み込もうとしていらっしゃるのか。“街づくり×モビリティ”の概略をお話しいただけますか。
須永 尚 氏Takashi Sunaga 入社後、企画部門、新規事業部門を経て、商業施設本部にて、デジタルマーケティング導入、運営システムの開発、グループ会社との業務再構築、リート運用会社の株式取得・スポンサー交代などに携わる。その後、新設されたビジネスイノベーション推進部において、働く・住まう・楽しむなどの顧客体験からのアプローチによる新規事業開発、「不動産ナレッジ×デジタル」によるソリューション開発、三井不動産グループの事業提案制度運用を担当する。
須永 : 三井不動産は、総合ディベロッパーとして、オフィスビル、住宅、ショッピングセンター、ホテル、ロジスティックスなど、いろいろなタイプの不動産を開発し、保有、運営を行っていますが、単に建物をつくりマネジメントするだけではなく、“街づくり”に取り組み、ハード・ソフト両面で、街を便利で快適にしていくところに強みがあります。その象徴的なエリアは日本橋ですが、新規開発や再開発だけではなく、時間を経る中で街全体の価値が高まっていく、これを当社では「経年優化」と呼んでいますが、そういうことに力を入れています。その中で、ほとんどデジタル化されてこなかった不動産業にあって、街づくりにデジタルを活用していこう、デジタルトランスフォーメーション(DX)にしっかり取り組んでいこうということをやってきたわけです。
そこに新型コロナウイルスの感染拡大という予期せぬ変化が起こって、人々の行動パターンが以前とは大きく変わり始めました。働き方は変わりましたし、住まい方やレジャーのあり方も変わってきています。もちろんポストコロナのマーケットに残る変化と残らない変化がありますので、その点はよく見極めていく必要がありますが、個々人のライフスタイルの多様性がより広く受け入れられるようになり、そのような新しい行動様式を支えるデジタル化が一気に進みました。そのような環境変化、特に今後の変化の方向性を踏まえて、「街づくりにこれから必要になる要素は何か」ということを考えると、もちろん脱炭素をはじめ大切なテーマはたくさんありますが、生活拠点が多様化する中でモビリティが街づくりにおいて果たす役割がより重要になることを再認識しているところです。
自動車・製造ビジネスユニット長
古川俊太郎 氏Shuntaro Furukawa大手SIerを経て、2001年にアビームコンサルティング入社。以来一貫して、製造業を中心に企業・ビジネスプロセス改革、デジタルを活用した新規事業開発、グローバルプロジェクト運営など多くのコンサルティングに従事している。モビリティに関する著書『EV・自動運転を超えて“日本流”で勝つ』(日経BP社、2018年)、白書『MaaSの本質を考える』を執筆。2021年4月より自動車・製造ビジネスユニット長に就任。
古川 : 私は製造業の中でも、特にこの数年は自動車関連産業のコンサルティングに携わってきました。この産業はいま、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリングサービス、電動化)などの新しいテクノロジーが実現に向けて加速するなど、100年に一度の変革期のまっただなかにあります。この変革の波の本質は、自動車を一つのデバイスとしてとらえ、そのデバイスを軸に新しい顧客経験を生み出そうという動きだと感じています。そのような大きな変化を、ご専門の街づくりの観点からとらえるとどのように感じていらっしゃるのでしょうか。
須永 : これまでは自宅、通勤先、休みの日に行くショッピングセンターや百貨店など、生活の拠点となる場所はほぼ決まっていました。それがいま、コロナ禍で一気に在宅勤務が加速、シェアオフィス、サテライトオフィスなどの存在価値がクローズアップされ、さらにマジョリティとはいえませんが、ワーケーションなど自宅以外の多拠点居住も認知されるようになりました。これらを含めたライフスタイルは、コロナ禍が収束しても以前とまったく同じものに戻ることはないと見ています。
街づくりは、お客様の行動と表裏一体の関係にあります。コロナ禍を経て自宅や本社の機能やロケーションが極端に変質するわけではありませんが、これまでの領域から染み出して、多様化する動きが出てきたと見ています。その行動の変容に対して、三井不動産として何ができるのか。単にニーズが出てきたからシェアオフィスを始める、という個別のアセットやサービスだけでは、この先の変化を十分にとらえ切れないと感じています。
生活者が新しい暮らし方に対して、「こういうものがあると便利だね」というサービスは何かと考えた時、街中の移動もより便利になるということも含めた顧客体験を設計できたら、より街の魅力が高まるのではないかというアイデアが出てきたわけです。モビリティと街づくりの融合です。これが私たちにとってのMaaS(Mobility as a Service=サービスとしてのモビリティ)の出発点です。
古川 : 具体的にはどんなビジネスをイメージしていらっしゃいますか。
須永 : 不動産会社の視点から見ると、人の行き先にあるのは店舗やビル、施設などのアセットです。移動体験をスムーズにすることに加えて、目的地としてのアセットを自在に使いこなしていただいたり、リコメンドして新しい街のコンテンツに気づいていただく。そこにMaaSとしての可能性があると思います。街の中にあるさまざまなアセットをしっかりつないで、生活者目線で価値のあるものにしていくイメージです。
もう一つの方向性として、モビリティを活用して、サービス提供者が生活者のもとを訪れるという考え方もあります。単純に言うと、移動販売などがそれに当たるでしょうか。MaaSが「行く」ためのものだとすると、逆に「来る」仕組みですね。リアルのショッピングセンターにも路面店にも、そしてeコマースにもない、モビリティだからこそ提供できる新しい顧客体験があるのではないかと思います。
人だけではなく、モノやサービスも自在に行ったり来たりする。そこにはモビリティが介在しますので、街づくりとモビリティはやはり重要な構成要素であることに間違いはありません。
古川 : MaaSのビジネスモデルはまだ持続可能性の高いモデルが存在しているとはいえません。誰もがさまざまな方向性から模索している段階です。ただ、人がどこかへ行きたい、何かを呼びたい、といった移動需要を喚起するのもMaaSの一つのテーマかもしれないと感じます。
たとえば、ある自動車部品メーカーが、地域の高齢者向けの移動サービスを展開しています。もともとは高齢者を病院に連れていくサービスで、既設の停留所やゴミ収集所のような場所を活用して、移動のしやすさを確保しました。そうすると、スーパーで買い物したい、カラオケに行きたい、スマートフォンを使えるようになりたいなど、いろいろなニーズを発見し、移動するというニーズを喚起したわけです。このように、需要を発掘してつなぐ媒体として、モビリティが存在しうると、お話を聞いていて感じます。
須永 : たしかに、需要の喚起という点で同じ文脈かもしれませんね。私たちも必然性の高いニーズというよりは「不自由ではないけれど実は充足されていないもの」という、まだはっきり認識されていない潜在的なニーズをとらえにいこうとしています。「いいなこの街」という顧客体験がこれまでよりもっと個人の嗜好に合わせてカスタマイズできるようになって、さまざまな街でそういう体験を重ねて、豊富な選択肢の中から「どこに住もうか」「どこで働こうか」と生活者が自由に選べる。それが次の時代の暮らし方や働き方の基盤になると考えています。