株主資本主義で日本の製造業が失いかけた本質 真のオーケストレーションこそが組織を活かす

日本のダイナミック・ケイパビリティ

目まぐるしく変化する社会と市場のはざまで、日本の製造業はこの先どのような成長戦略を描いていけばよいのか。その重要なヒントとなるのが、「ダイナミック・ケイパビリティ」(自己変革能力)だ。著書『ダイナミック・ケイパビリティの戦略経営論』でも知られる慶應義塾大学教授の菊澤研宗氏と、アビームコンサルティングで多くの製造業の支援に当たってきた橘知志氏に、“ダイナミック・ケイパビリティ”の注目点や実践のためのヒントを聞いた。

日本の製造業のパラダイムが
いよいよ限界に来ている

橘 : 日系企業と欧米企業を比較した場合、日本の強みはあらためて言うまでもありませんが、「マネジメント技術」ではないかと思います。特に製造業では、「すり合わせ技術」や「匠の技」といった柔軟性に富んだ高度な技術力、それを集合知として発展させるためのQCサークル活動、さらにビジネスとして成長させる仕組みとしての系列化や情報共有、そして組織内での「飲みニケーション」まで、これらを一言で表せば「暗黙知の継承」であり、それが日本製造業のマネジメントの核心にあると思います。

 この強みはグローバル化の過程においても活かされています。どこの国に行っても、それぞれの人や文化、商習慣などに合わせて柔軟にマネジメントを最適化しながら世界のさまざまな場所へ進出し、成功を収めてきました。

 しかし一方では、欧米に比べて明文化された規制や標準、ルールづくりは苦手です。同様にモデル化や抽象化、パターン化も得意ではない。たとえば、産業や社会システムといった大きなフレームで対象をとらえ、その枠組みに沿って物事を進めること自体はできますが、そこに何らかの不確定要素があると柔軟に対応しながら進められない。また、枠組み自体をつくるのも上手とはいえません。この背景には、企業が自分の業界に閉じた視点になりがちで、世の中の産業システム全体を俯瞰するのに慣れていないという事情もあるようです。

 あと一つ製造業の大きな課題としては、デジタルの視点で無形物への理解がなかなか進まないこと。ITの能力がないわけではないが、目に見えるものでないとわからないし、わかろうとしない。これは次々に新しい事象やビジネスが生まれる時代に致命的です。この点も含めて、日本企業はもっと「考える組織」に変化していく必要があります。その点で、菊澤先生のご著書は非常に示唆に富んでいると感銘を受けました。

 あらためてダイナミック・ケイパビリティの観点から、こうした日本の製造業の課題について先生はどのようにお考えでしょうか。

菊澤 : 私も日本の製造業にとって、ダイナミック・ケイパビリティとデジタルトランスフォーメーション(DX)は、重要なキーワードだと考えています。特に、DXはダイナミック・ケイパビリティを推進するうえで非常に相性がよいことは、経済産業省の「2020年版ものづくり白書」でも指摘されています。

 私が現在感じているのは、これまで日本の強みだと思ってきた製造業で、この5~6年なぜか好ましくない現象が増えてきていることです。たとえばデータ改ざんのような、日本の製造業としては大変恥ずかしく信頼を裏切るような問題が、複数の日本企業で露呈しています。これは、いままでうまくいっていた日本の製造業のパラダイムがいよいよ限界に来ている証拠です。この状況を打開するうえでも、ダイナミック・ケイパビリティやDXは重要なカギになると思います。

 2000年代以降、グローバル化が進み、市場の変化が激しくなり、不安が常態化した世界になってきています。そうした状況に日本の企業が対応できていない。そこを乗り切るために自己変革力であるダイナミック・ケイパビリティが必要であり、それを強化し発揮するうえでデジタル化が不可欠になっています。

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