不確実性の中でリスクを伴う意思決定を下し、組織との共感による新たな信頼関係を構築する その覚悟が経営者に問われている

経営とリーダーシップの本質

変化の振れ幅が大きい時代だからこそ、変えるべきものは何で、変えるべきでないものは何か。その見極めが経営者には求められる。アビームコンサルティング代表取締役社長の鴨居達哉氏と一橋ビジネススクール教授の楠木建氏の対談は、その論点から始まった。そして、企業経営のみならず、世の中全体の思考の流れを短期から長期へと引き戻すために、経営者はその変革の先頭に立つべきであり、それに伴ってコンサルティングファームに期待される役割も変化しているという議論へと発展していった。

不確実性の中でリスクを伴う意思決定を下し、組織との共感による新たな信頼関係を構築する その覚悟が経営者に問われている

コロナ禍は企業変革を
一気に進める大きなチャンス

鴨居 : コロナ禍は世界規模で発生し、かつ長期にわたるパンデミックであるという点で稀に見る外的ショックであり、それによって先行きの不透明感がいっそう深まったことは間違いないと思います。だからこそ、コロナ禍によって世の中はどう変わるのか、逆に変わらないものは何かを俯瞰的にとらえる視点や思考が経営者には必要だと考えます。

不確実性の中でリスクを伴う意思決定を下し、組織との共感による新たな信頼関係を構築する その覚悟が経営者に問われているアビームコンサルティング 代表取締役社長
 鴨居達哉 氏Tatsuya Kamoi
セイコーエプソン、プライスウォーターハウスクーパース、日本IBM常務執行役員、マーサージャパン代表取締役社長兼 Mercer Far East Market Leaderなどを経て、2020年4月より現職。20年以上にわたり国内外のグローバル企業のコンサルティングに従事。

 伝統的な日本の大企業にとって企業変革は積年の課題でした。「いままでのやり方ではダメだ」「大きく変えないといけない」ということは、コロナ禍以前からいわれてきたことです。コロナ禍で変革の優先順位やアプローチに多少の変化はあったとしても、戦略の大きな方向性についてはコロナ禍だから変えるという性質のものではないと私は考えています。

楠木 : まったくその通りだと思います。最初の緊急事態宣言が発令された2020年春は「どうすればいいんだ」と世間が大騒ぎになりました。当時、私が考えたのは、まずこれは何なのか——「what」について、自分なりに理解しておくことが大切だということです。どうするかという「how」は後でいい。

 コロナ禍については、感染症そのものがもたらす災厄に加えて、日常生活や経済活動の混乱によって先行き不安が増幅され、さらに本質が見えにくくなっている部分があります。私が考えたのは、コントロールできることと、できないことの線引きをして、コントロールできることに集中しようということです。

 企業経営についても同じことがいえると思います。コントロールできないことをコントロールしようとすると、事態をよけい複雑にしてしまいます。ここは経営センスの差が如実に出るところです。 

不確実性の中でリスクを伴う意思決定を下し、組織との共感による新たな信頼関係を構築する その覚悟が経営者に問われている一橋ビジネススクール 国際企業戦略専攻 教授
楠木 建 氏 Ken Kusunoki
一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略論、イノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社、2012年)、『経営センスの論理』(新潮社、2013年)など多数。

  コロナによって受ける影響はさまざまです。たとえば、航空業界や旅行業界などは人の移動が止まったことで深刻な打撃を受けました。逆にビデオ会議システムの会社などは、予想もしない需要に浴しました。

 日本の歴史ある大企業については、おっしゃるように直面している課題についてコロナ前からみんな頭の中ではわかっていたはずです。しかし、会社の中の気分が変革の方向に動いていなかった。外的ショックによってその気分を一気に変えることができるという意味で、いまは大きなチャンスだと思います。

鴨居 : 大企業において一番「変わらなきゃいけない」という危機感を持っているのは、ほとんどの場合、経営トップです。ですからコロナ禍以前から、変わらないことへの危機感、変革の必要性を叫んでいるトップはたくさんいましたが、組織内の多くの人がそれを実感できていなかった。いよいよ実感できたのが、今回のコロナ禍だったと思います。

 気分が変わっていよいよ変革に動き始めた企業が、いましきりに言っているのは「スピードを上げろ」ということです。我々に支援の依頼が来るプロジェクトも、従来なら2年かかりそうなところを1年で、6カ月のところを3カ月でといった要望が増えています。

 スピードを上げるうえで大事なのは、いま本当にやるべきこと、優先すべきことにフォーカスすることです。そのためには、戦略の本質を見極める必要があります。それができていて初めて、戦略実行のスピードが上がります。

 戦略の本質について指針をどう出すか。楠木先生のお言葉を借りれば、そこも経営センスが問われるところです。

楠木 : 同じ仕事を他人より速くできることがスピードだと考えている人が多いのですが、いまのご指摘のようにやるべきことは何か、やらなくていいことは何かという見極めがつくからこそスピードが速くなる。言わば、時間的な制約によって問題が圧縮される。そこにスピードの重要な意味があると私は思います。

 これは私の偏見ですが、「品格が大切だ」と声高に唱える人ほど、品格がない。これと同じで、「スピード感、スピード感」と言っている企業ほど、スピードが遅い(笑)。

 スピード感というのは意識の問題です。「6カ月かかるけど、3カ月でやろう」と言っていることは、多くの場合、もともと3カ月でできることなんじゃないでしょうか。

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