日本の製造業には
新しい価値創造の基盤がすでにある
橘 : ダイナミック・ケイパビリティを日本の製造業が実現するために、どんな試みが必要か。また一方では、デジタルをどう導入・活用していくべきかをお聞かせください。
菊澤 : すでに触れたように、ダイナミック・ケイパビリティとは環境の変化を感知し、そこに新しい機会を捕捉、そして既存の資産を再構築・再配置・再利用する能力です。デジタル化を進めると、外部環境の変化に関するデータをより早くより多く収集できるので、感知力が高まり、新しい機会をとらえる捕捉力も高まります。そして、そのうえで既存の資産を再構築・再配置・再利用して資産をオーケストレーションすることになります。このように、デジタル化はダイナミック・ケイパビリティを強化することになると思います。
さらに、資産のオーケストレーションとは、指揮者が個々の専門演奏家の単なる総和以上の全体としてオーケストラを構成するように、企業もまた既存の資産の単なる総和以上の全体として再構築・再配置する必要があることを意味します。オーケストラの個々の専門演奏家たちが、指揮者が描く全体性の中に位置付けられることによって、個としての存在価値を増すように、経営者が生み出す全体性の中に個々の従業員が位置付けられることによって、個々人の価値を高めることができます。それゆえに、企業でも、このような全体性が確立できれば、最近HRM(人的資源管理)で注目されている、個々の従業員の「エンゲージメント」は高まり、ダイナミック・ケイパビリティが発揮されやすくなるのです。
橘 : そうした日本の製造業のダイナミック・ケイパビリティを、デジタルという側面から支援していくために、アビームコンサルティングではすでに十分な体制やサービスをご用意しています。その中核となるのが、「すべてのインダストリーを網羅する知見と、それらを顧客企業に合わせて最適化し、提供するノウハウ」です。これらを原動力として私たちは未来の産業とその動向を俯瞰し、異なる産業・業種の組み合わせによって新たな価値を創造したうえで、それらをモデル化・パターン化して迅速かつ効果的に提供していくことが可能です。
また私たちは国内のあらゆる製造業のお客様に対してサービスを提供しており、なおかつDX推進に不可欠な、業種・業態を超えた横のつながりの協業体制を構築・運用できます。これは業界ごとの縦割りが原則の外資系コンサルティングファームにはない、当社ならではのアドバンテージだと自負しています。
同時に、基幹システムからサプライチェーン、エンジニアリングチェーンなど、あらゆるサービスを手掛けている点も強みといえます。そのため、そこから発生する多様なデータを組み合わせて、DX推進や新規ビジネス開拓などの新しい可能性を提供できます。これらの能力やリソースを組み合わせ、まさに菊澤先生が指摘された「個の総和を超える全体性」や新しい価値を、日本のものづくり企業の皆様に提供していきたいと願っています。そのために必要な「暗黙知」をはじめとする知見は、すでに日本の製造業の中にあり、それらをいかに組み合わせ、新たな価値創造を進めていくかが、今後の課題ですね。