一冊の「お金」の本が世界的に注目を集めている。『The Psychology of Money(サイコロジー・オブ・マネー)』だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙のコラムニストも務めた金融のプロが、資産形成、経済的自立のために知っておくべきお金の教訓を「人間心理」の側面から教える、これまでにない一冊である。世界43か国で刊行され、世界的ベストセラーとなった本書には、「ここ数年で最高かつ、もっとも独創的なお金の本」と高評価が集まり、Amazon.comでもすでに10000件以上のレビューが集まっている。本書の邦訳版『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』が、12月8日に発売となった。その刊行を記念して、本書の一部を特別に公開する。

なぜ人は、還元率の悪い「宝くじ」を買ってしまうのか?photo:Adobe Stock

貧困層は、高所得者層の4倍も「宝くじ」を買っている

 アメリカ人が毎年、宝くじに費やすお金は、映画やビデオゲーム、音楽、スポーツイベント、書籍を合わせた額を上回る。

 くじを買っているのは誰か? そのほとんどは、貧困層だ。アメリカの低所得者層は、年間平均412ドルを宝くじに費やしている。これは高所得者層の平均購入額の4倍である。アメリカ人の4割は、いざというときのための蓄えが400ドルに満たない。

 つまり、毎年宝くじを400ドル以上買っている人たちの大半は、非常時のための400ドルを用意できない人たちでもある。数百万分の1の確率でしか大当たりしないもののために、生活を守るための資金を投じているのだ。

 私にとって、これは正気の沙汰とは思えない。同じ感想を持つ読者も多いはずだ。だが、私は最低所得層ではないし、読者の多くもそうだろう。だから、低所得者層が宝くじを買う理由を肌で理解するのは簡単ではない。

彼らが宝くじを買う理由

 しかし少し考えれば、次のような意見を持つ人がいることも想像できるのではないだろうか。

「私たちは毎月のわずかな給料でなんとかやりくりしている。貯金をする余裕すらない。給料が上がる見込みもないし、贅沢な休暇を過ごすなんて夢のまた夢だ。新車も買えないし、健康保険にも入れない。立地のいい場所に家を建てることもできなければ、大きな借金を抱えなければ子どもを大学に通わせることもできない。ファイナンス関連の本を読むような豊かな人たちが手にしているものを、私たちは手にすることができない。

 私たちにとっての宝くじは、豊かな人が当たり前のように享受しているものを手に入れる唯一のチャンスなのだ。豊かな人はすでに夢のような生活をしている。だから、夢のために宝くじを買う人の気持ちはわからないだろう。これが、私たちが宝くじにお金を注ぎ込む理由だ」

数字だけに基づいて、意思決定できる人などいない

 もちろん、誰もがこの意見に同意する必要はない。どのような理由があるとしても、お金がないときに宝くじを買うのは良くないとも言えるだろう。

 それでも、私は宝くじが売れ続ける理由がなんとなくわかるような気がする。なぜなら、お金に関する意思決定を、表計算ソフト上の数字だけを見て行う人はほとんどいないからだ。

 意思決定は、家庭の食卓や会社の会議室で行われる。そこでは、個人的な過去の出来事や、独自の世界観、エゴ、プライド、マーケティング、複雑なインセンティブなどが混じり合い、当人にとって都合の良いストーリーがつくられているのである。

(本原稿は、モーガン・ハウセル著、児島修訳『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』からの抜粋です)

モーガン・ハウセル

ベンチャーキャピタル「コラボレーティブ・ファンド社」のパートナー。投資アドバイスメディア「モトリーフル」、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の元コラムニスト。
米国ビジネス編集者・ライター協会Best in Business賞を2度受賞、ニューヨーク・タイムズ紙Sidney賞受賞。妻、2人の子どもとシアトルに在住。