一冊の「お金」の本が世界的に注目を集めている。『The Psychology of Money(サイコロジー・オブ・マネー)』だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙のコラムニストも務めた金融のプロが、資産形成、経済的自立のために知っておくべきお金の教訓を「人間心理」の側面から教える、これまでにない一冊である。昨年秋の刊行以降、世界43か国で刊行され、世界的ベストセラーとなった本書には、「ここ数年で最高かつ、もっとも独創的なお金の本」と高評価が集まり、Amazon.comでもすでに10000件以上のレビューが集まっている。本書の邦訳版『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』が、12月8日に発売となる。その刊行を記念して、本書の一部を特別に公開する。
10代で弁護士を目指した少年が、老後に後悔した理由
ここに、弁護士を夢見る10代の少年がいる。「これで自分の人生の道は決まった」と確信した彼は、必死に勉強し、さまざまな代償を払って法科大学院に進む。
だが、いざ弁護士になると、長時間労働に追われ、家族と一緒に過ごす暇もない。そこで、年収は低いが時間の融通が利く仕事に転職する。だがその後、子どもを保育園に預けるには思った以上にお金がかかり、給料のほとんどが消えてしまうことに気づく。
そこで彼は、配偶者の収入で生計を立て、自分は仕事を辞めて家で子育てに専念しようと決断する。「これでようやく正しい選択ができた」そう安心する。しかし70歳になったとき、働かなかったために、老後資金に余裕がないことに気づくのだ。
多くの人が、同じような軌跡をたどりながら人生を歩んでいる。米連邦準備銀行によると、大卒者のうち専攻に関連した仕事に就いているのは27%に過ぎない。専業主婦の29%が大学の学位を持っている。
もちろん、大学に入ったことを後悔する人はほとんどいない。とはいえ私たちは、「18歳のときには想像もつかなかった人生の目標を、30代には考えているかもしれない」という現実をもっと認識すべきだ。
人は「歴史の終わり錯覚」に陥ってしまう
人は、過去の自分の変化をよく実感している一方、将来、自分の性格や願望、目標はあまり変わらないだろうと考える傾向がある。これは心理学では、「歴史の終わり錯覚」と呼ばれている。ハーバード大学の心理学者ダニエル・ギルバートはこのことを次のように説明している。
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私たちは人生のあらゆる段階で、将来の自分の人生に大きな影響を与える決断をしている。だが、いざその将来が訪れると、かつての自分の決断に不満を覚えることがある。
だから、10代のときに大金を払って体に刻んだタトゥーを、大金を払って取り除こうとする。若いときに急いで結婚した相手と、中年になって急いで離婚しようとする。中年のときに苦労して手に入れたものを、老人になってから苦労して手放そうとする。
私たちはみな、ある錯覚を抱いて日々を生きている。変遷を重ねてきた自分の歴史が終わりを迎え、”ついに昔からなりたかった自分になれた、これからもずっとこの自分でいられるはずだ”という錯覚だ。
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私たちにはこの自覚がない。ギルバートの調査によれば、対象となった18歳から68歳までの人々は、過去に比べて将来の自分はあまり変化しないだろうと考えていた。人は未来の自分をうまく想像できないのである。
(本原稿は、モーガン・ハウセル著、児島修訳『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』からの抜粋です)
ベンチャーキャピタル「コラボレーティブ・ファンド社」のパートナー。投資アドバイスメディア「モトリーフル」、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の元コラムニスト。
米国ビジネス編集者・ライター協会Best in Business賞を2度受賞、ニューヨーク・タイムズ紙Sidney賞受賞。妻、2人の子どもとシアトルに在住。