スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます

ターゲット市場の規模をどう算出するのか?Photo: Adobe Stock

最初に狙うべきセグメントの解像度を高める

 市場の規模を検証する分析方法として、TAM、SAM、SOMの算出は有効だ。

 TAMは、Total Addressable Marketの略称で、「ある事業が獲得できる可能性のある全体の市場規模」を意味している。「当該対応可能市場」「対応最大可能性市場」とも言い換えられる。

 たとえば、日本の介護事業を例に挙げると、その全市場規模は10兆円を超えている(2022年度市場動向について、前年度比4.7%増の11兆8000億円、2023年度は同じく前年度比5.0%増の12兆4000億円)。非常に大きな市場といえる。

 SAMは、Serviceable Available Marketの略称で、「ある事業が獲得しうる最大の市場規模」を指す。介護事業の中でも、たとえば、介護IoTだけに特化した事業を行うのであれば、SAMは介護IoT市場になる。TAMとして介護事業を見たときには12兆円であったとして、介護IoT事業では240億円になり、当然TAMよりは小さい規模となる。

 SOMは、Serviceable Obtainable Marketの頭文字であり、「ある事業が実際にアプローチできる顧客の市場規模」の意味である。介護IoT事業の中でも、首都圏の高齢者住宅向けに絞った場合、それがSOMにあたる。介護事業の全体の4分の1が首都圏で、その中の高齢者住宅は3分の1であるとすると、240億円の12分の1となり、およそ20億円の市場規模があると見込める(図表1-3-19)。

 このように、TAM、SAM、SOMで整理していくことによって、自社の事業の市場規模を算定していくことができる。スタートアップのピッチを聞いていたら、SOMを一番最初のセンターピンとして設定することがあるが、それでも市場セグメントの解像度が粗く、リソースが分散してしまうケースがある。

 拙著『起業大全』(ダイヤモンド社)で解説しているが、Go-to-marketなどのフレームワークを活用することにより、最初に狙うべきセグメントの解像度を高めることができる

TAM/SAM/SOM算出の注意点

 具体的にどのようにTAM、SAM、SOMを算出していくかを解説していこう。

 介護市場というTAMの大きな枠組みの中に、SAMがあり、さらに最終的に自分たちの事業の市場のSOMがある。このようにトップダウンで見ていくことで、市場のマクロ的な把握はできる。

 ただ、これを整理したところでなかなかアクションが見えてこない。そこで重要なのがボトムアップの考え方で、それはつまり「顧客の需要側」をベースに計算を始めることだ。

 TAM、SAM、SOMを求める際に、供給側から考えないようにする。

 ある架空の家電の新規事業を例に考えてみる。「我々は、高解像度の16Kのテレビを年間で100万台作ることができる。平均50万円で売れるので、5,000億円の売上になる」と聞いたらどうだろうか?

 ユーザーからしてみたら、16Kのような超高スペックのテレビを欲しがる人はTV保有者の1%しかおらず、テレビを持っている世帯が仮に2,000万世帯だったときに、20万台しか売れない計算になる。

 こういう身近な製品の事例を当てはめると、市場を過大評価することは滑稽に聞こえる。

 ただ、需要が不確定のスタートアップにおいて、TAMの過大評価は頻繁に行われるので、要注意だ。需要側から求めるならば、インタビューやアンケートを通じて、自分たちがローンチしようとしているプロダクトにどれくらいのお金を支払っても良いと考えているのか、そういうユーザーが概算でも良いのでどれくらいいるのかを算出する必要がある。

 実際にアクションしていく際には、「ニーズが最も顕在化している一番最初に狙う市場」まで具体化する。まずは下の図表1-3-20の通り、SAM、SOMを計算していくことが重要である。

TAM、SAM、SOMの算出方法

 では、どのように計算していくのか、因数分解をしながら解説する。

 SAMは図1-3-20の通り、「ユーザー数×1回当たりの費用/売上×ユーザーが年間で利用する頻度(もしくは買い換える頻度)」で計算をしていく。

 先ほどの介護の事例で引き続き考えていくと、必要とする施設が12万施設あり、1回当たり介護IoTが100万円かかると仮定する。そう考えると、大体1,200億円規模であることが分かる。

 さらに、毎年買い換えるわけではなく、5年に1回買い替えが必要だとすると、0.2を掛けて240億円になる。ユーザーが年間で利用する頻度やどれぐらい買い換えるかという割合も踏まえていくことで、SAMが見えてくる。

〈100万円×12万施設×0.2(5年に1回買い換え)=240億円〉

 この買い替え頻度を勘案せずに、年1回購入するという前提で計算をしてしまうケースをたまに見かける。頻度の数値によって、最終的な数字が大きくブレるので注意が必要だ。

「市場が動く」というのは、ユーザーの使用頻度が変わる(増える)ということである。たとえば、NewsPicksやSmartNewsがなぜ流行ったかというと、スマホの登場により、ニュースの消費が新聞よりも細切れになったからである。TikTokショート動画なども同様だが、15秒で消費できることが当たり前になっていったのだ。そのため、15年前と比較して頻度が10倍になったといえる。結果として、市場が大きくなった。

 さらにコロナ禍を挟んで、耳だけでコンテンツを聞き続ける「ながら需要」が増えたことにより、こういったコンテンツに触れる頻度は劇的に上がった。日本のフードデリバリー市場は2019年の約2,600億円から2025年には約7,500億円規模に成長し、特に、COVID-19を契機に2020年~2021年に急成長した。「月数回の出前注文」から「週複数回のデリバリー利用」への頻度変化がもたらしたものである。

 スタートアップは誰もやっていないニッチな市場を見つけることが重要だが、そうは言っても対応する市場が小さくてはビジネスをスケールした際のアップサイド(上限)が限られる。

 一つの目安として、TAMは100億円以上が望ましい

(本稿は増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。