ダイエット、禁煙、節約、勉強──。何度も挑戦し、そのたびに挫折し、自分はなんて意志が弱いのだろうと自信をなくした経験はないだろうか?
目標を達成するには、「良い習慣」が不可欠だ。そして多くの人は、習慣を身につけるのに必要なのは「意志の力」だと勘違いしている。だが、科学で裏付けされた行動をすれば、習慣が最短で手に入り、やめたい悪習も断ち切ることができる。
その方法を説いた、アダム・グラント、ロバート・チャルディーニら一流の研究者が絶賛する1冊『やり抜く自分に変わる超習慣力 悪習を断ち切り、良い習慣を身につける科学的メソッド』(ウェンディ・ウッド著、花塚恵訳)より一部を公開する。

【科学で解明】消防士が一瞬で安全な道を選べるメカニズムPhoto: Adobe Stock

ベテラン消防隊長は習慣で命を救う

 習慣は便利というだけではない。その背後に潜むシンプルな認知のメカニズムが、災害で命を救い、アメリカン・フットボールの試合で勝利をもたらすこともある。

 有名な調査のひとつに、26名の消防隊長がとりわけ厄介な火災に対処したときのことを語ったものがある。彼らは平均23年の経験を持つベテラン消防士で、住宅、ホテル、企業、採油施設など、さまざまな場所で起きた火災を振り返った。消火にあたっているときは、たくさんの選択肢がある。

 この調査を実施した調査員たちは、消防士がどのように選択肢を天秤にかけて最善のものを選ぶかを知りたかった。たとえば、燃えている建物の正面から突入する前に、より安全に入れるほかの入り口を検討したのか。所定の消火対象にホースで狙いを定める前に、向けるべき対象がほかにないか確認したのか、という具合だ。

 また、救助活動中の決断ポイントを特定する目的で、彼らの話を通じて詳細が時系列にまとめられた。消防隊長らの話から、彼らはほぼ思考していなかったと判明した。決断ポイントと呼べるタイミングがほとんど見つからなかったのだ。

 調査員によると、「どのケースでも、2つ以上の選択肢を比較したうえで決断したとの報告すら皆無に近かった」という。消防隊長らに決断について説明するよう求めても、ほかの選択肢と比較して自らの決断を擁護することはなかった。ベテランの消防隊長たちは、ほとんど考えずに行動したのだ。

 彼らは過去の火災で繰り返し遭遇している合図や特徴を、置かれている状況のなかで見いだした。判断基準となる合図は、建物の設計、煙の色や量や毒性、変化の度合い、風速と風向きなどだ。それらをきっかけとして、過去の経験にもとづいてとるべき行動を瞬時に頭に思い浮かべて実行した。

 調査員はこう説明する。「意識的に吟味、評価、分析したと報告せずに行動を決めていた。ほとんどの場合、合図となるきっかけから直ちにやらねばならないことを瞬時に認識し、それを実行に移していた」

 どうやら消防士は、ひとつのきっかけで自動的に記憶を引き出し、反応していたようだ。彼らが記憶を頼りにしていたのは間違いないだろう。そして意識的に、強いプレッシャーにさらされる状況を、さまざまな「合図と反応」が集まっている場に変えた。生死にかかわる状況で、彼らの習慣が前に進む道を開いてくれたのだ。

「決断」を排除する

 消火活動は、ある意味アメリカン・フットボールに似ている。どちらも危険が伴い、たくましい肉体と高い資質を備えた人々で行う。だが、それ以外に似ているところはほとんど見当たらない。少なくとも、クレイ・ヘルトンと話をするまで私はそう思っていた。

 ヘルトンは、南カリフォルニア大学でアメリカン・フットボールのヘッドコーチを務める人物だ。彼にトレーニングの目標について尋ねると、次のように語ってくれた。

「すべては混乱を排除する、つまりは決断を排除するためです。混乱はためらいを生み、ためらいは負けにつながります。怪我をする恐れもあります」ヘルトンはさらにこう続けた。「プレー中に何かが起きて若い選手が混乱すれば、どうしても疑念が生じて動きが鈍る。それを見ていると、こう言ってやりたくなるんですよ。『私はそういう場面に何度も遭遇したから、顕在的な脳で考えなくなった。これまでに何度も繰り返してきた経験から、どうすればいいかがはっきりわかる』と。そして選手たちにはいつも、水泳でオリンピックに出たマイケル・フェルプスの話をします。フェルプスのコーチは、トレーニングの終盤になると必ず、フェルプスのゴーグルを水でいっぱいにしました。もしものときに備えてのことです。フェルプスが試合で前が見えなくなったことがありましたが、彼はパニックに陥らず、混乱もしなかった。毎回の練習で何度も経験したおかげですよ」

 ヘルトンは、「練習中に選手を逆境に立たせる」という。「たとえば、いきなり突進される、練習用のダミーが飛んでくる、腕をからめられる、守りの選手に身体やユニフォームをつかまれるといったことです。それらを経験しておけば、実際にそういう事態が起きたときに、『問題ない。すでにコーチから1720億回やられている』と言えるようになります。そうなれば、選手の身に起きていることが決断の対象から排除されるので、いちばん重要なこと、つまりは守備はどうなっていて、ボールはどこにあるかをつねに意識できます。それに選手自身が、『そうなるためのトレーニングを積んだ』と言えるようにもなります」

 消防士とヘルトンが教える選手の思考プロセスは、驚くほど似ている。どちらも合図を見いだし、多様な練習を積んで的確な反応がとれるように学習している。だからこそ、パニックや煙に遭遇しても、130キロある選手が突進してきても、合図を見いだせるのだ。習慣のメカニズムは取るに足りないちっぽけなものに思えるかもしれないが、現実の世界では、それは素晴らしい強みとなるのだ。

【本記事は『やり抜く自分に変わる超習慣力 悪習を断ち切り、良い習慣を身につける科学的メソッド』(ウェンディ・ウッド著、花塚恵訳)を抜粋、編集して掲載しています】