ダイエット、禁煙、節約、勉強──。何度も挑戦し、そのたびに挫折し、自分はなんて意志が弱いのだろうと自信をなくした経験はないだろうか?
目標を達成するには、「良い習慣」が不可欠だ。そして多くの人は、習慣を身につけるのに必要なのは「意志の力」だと勘違いしている。だが、科学で裏付けされた行動をすれば、習慣が最短で手に入り、やめたい悪習も断ち切ることができる。
その方法を説いた、アダム・グラント、ロバート・チャルディーニら一流の研究者が絶賛する1冊『やり抜く自分に変わる超習慣力 悪習を断ち切り、良い習慣を身につける科学的メソッド』(ウェンディ・ウッド著、花塚恵訳)より一部を公開する。

「習慣がラクに身につく人」が行っている2つの行動Photo: Adobe Stock

「合図」をつくる

 一貫性と安定性がもたらすメリットは、類いまれなパフォーマンスを見ればよくわかる。コンサートで長い楽曲をよどみなく演奏するミュージシャンの姿を見ながら、どうやって記憶しているのかと不思議に思ったことはないだろうか?

 それはもちろん、素晴らしい記憶力と長年にわたる鍛錬の賜物だ。ただし、彼らが練習するときは、ただじっと楽譜を見つめるだけではない。優れたミュージシャンは、楽譜に一定の合図を設置しながら練習する。要は、初めて訪れた町で通りを示す標識や目立つ建物に注意を払いながら、脳内で独自のマップを作成するようなことをするのだ。

 私は、プロのチェロ奏者であり、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックで研究員を務めるタニア・リスボア博士から楽曲の習得方法について話を聞いた。リスボア博士は次のように語った。

「学生、それも若い学生ほど、一曲を最初から最後まで通した練習を何度も繰り返します。ほとんど自動的にそうするのです。途中で引っかかると、引っかかったところから練習を再開することはできません。曲の途中でやめることもできません。頭からしかやり直せないのです」

 どうやら初心者に相当する人は、曲をひとつのまとまりとしてとらえ、そのまとまりでしか演奏できないらしい。彼らにとっての合図は、最初と最後だけなのだ。それがどういうことか知りたければ、自分の電話番号の4桁目を答えようとしてみるといい。答えようと思ったら、電話番号を最初から順に思い出さねばならないはずだ。

 記憶は絶対ではないし、私たち人間はとても繊細で、すぐにほかのことに気を取られる(クラシックコンサートの観客はよく咳をするという話は有名だ)。だがプロのミュージシャンは、迷いが生じても、ど忘れしても、決して演奏の手をとめない。それは、彼らが独自に一定の合図を楽譜のあちこちに設けているからだ。

 リスボアはこう教えてくれた。「プロも一曲を最初から最後まで練習しますが、いくつかのセクションに分けることもします。セクションに分けたまとまりごとに、最初から最後まで練習するのです」

 また、演奏時の感情表現も合図となりうる。悲しいセクション、楽しいセクションが合図となることもあれば、テンポの変化、弓使いや指使いの変化が合図となることもある。「セクションに分けて練習することで、演奏時の合図ができ、それが曲の記憶を呼び起こす参照ポイントとなります。演奏中は自動操縦モードですが、参照ポイントは頭にあります。そのおかげで、必要な行動を実行に移し、音楽的な解釈を演奏に反映させることができるのです」

 どうやらプロのミュージシャンは、いくつもの状況と反応のセットをひとまとめにして覚えているようだ。だから、ほかのミュージシャンがミスをしても、客席から何度も咳が聞こえても、彼らの演奏は影響を受けない。このように、音楽にも状況がもたらす合図は有効だ。それがあれば、次のフレーズを演奏する合図が自動的に生まれる。

すでにある習慣を合図にする

 一貫した状況を保つうえで、忘れてはいけないテクニックがもうひとつある。このテクニックは、反応そのものが別の反応にとっての合図になりうるという発想から生まれた。ミュージシャンが曲を区切って小さなまとまりにするのにも似ているが、このテクニックは誰もがほとんど気づくことなく当たり前に使っている。

 火災予防に取り組む団体は、サマータイムで時計の時間を変えるタイミングで火災報知器の電池も替えようと、何年にもわたって呼びかけている。これは、既存の行動を火災予防の合図に活用する発想だ。時計の時間を変える行動に、電池交換を「上乗せする」ことは誰にでもできる。アメリカでは年に2回必ず時計の時間を変えるので、一定の状況ととらえることができる。繰り返し行えばすべてが合図でつながり、時計の時間を変えたら自然と電池を交換するようになる。消防署によっては3月と11月に無料で電池を配り、火災予防を時計の変更に便乗させることを推奨しているところもある。

 繰り返しとる行動に複数の要素を伴わせ、毎回同じように行えば、脳がそのすべてをまとめてひとつの単位とする。一連の行動が、意識のなかではひとつのことになるのだ

 何かに便乗して行うことの効果がはっきりと表れるのは、歯のフロスだ。歯は定期的に磨くがフロスは忘れる、という人は多い。ほかの行動に便乗させたらフロスをする回数が増えるか確かめたいと考えた英国の研究者は、月に平均して1.5回しかフロスをしないと答えた50名の英国人に対し、フロスの習慣化を促すための情報を与えた。

 50名のうちの半分には、夜歯を磨く前にフロスをするようにと告げ、残りの半分には歯を磨いたあとにするようにと告げた。この伝え方では、フロスを便乗して行えるのは半分だけだとおわかりだろうか。すでに自動化している反応(歯を磨く)は、新しい行動(フロスをする)をとる合図となる。しかし、最初にフロスをしてから歯を磨くようにと言われた人たちは、歯を磨く前にフロスをするのだったと思い出さねばならず、自動的に合図となるものは何もない。

 4週間のあいだ、実験の参加者たちは、前夜にフロスをしたかどうかを毎日メールで報告した。そして4週間後、彼らがフロスをした日数の平均は約24日となった。興味深いことに、研究者は8ヵ月後の彼らを追跡調査した。すると、歯磨きに便乗して歯磨きのあとにフロスをした人たちは、8ヵ月たっても月に11日前後はフロスをしていた。既存の習慣のおかげで、この新たな行動を維持できたのだ。

 一方、歯を磨く前にフロスをするようにと指示された人たちは、週に1回だけだった。

 実在する合図に新しい行動を結びつけることは、新たな習慣の形成に役立つライフハックとして覚えておくといい。結びつけると、自動化が促進される。なにしろ、実在する合図はすでに自動化されているので、そこに手順をひとつ加えるだけですむ。新たに身につけたい習慣と相性のいい既存の習慣があれば、それに便乗させるのがいちばんだ。

 夜に薬を服用する習慣をつけたいなら、ベッド脇のテーブルに薬を置いて、寝る前に携帯電話をチェックする行動に結びつければいい。毎朝10時にオフィスを出てスターバックスでコーヒーを飲むなら、その時間をたまっているメールの返信を最低1件は書く時間にあててはどうか。そうすれば、2つの行動が結びつき、厄介なメールに返信する苦痛がすぐさまコーヒーで報われ、あっという間に新たに統合された習慣の完成だ。

【本記事は『やり抜く自分に変わる超習慣力 悪習を断ち切り、良い習慣を身につける科学的メソッド』(ウェンディ・ウッド著、花塚恵訳)を抜粋、編集して掲載しています】