北へ送還された在日コリアンは、「パチンコ」の主人公のソンジャ世代が民族的な差別と蔑視を受けた時期の日本が良かったと回想する。日本では、在日コリアンが差別された、蔑視されたと、安心して話せる。そんな自由が懐かしいのだ。

 北へ送還された在日コリアンこそ、ソンジャの言う民族的な差別と蔑視に加えて、北朝鮮金氏王朝の弾圧、独裁、粛清、奴隷生活を合わせて受けた、まさに「虫けら人生」だ。在日コリアンの北への送還は、1959年12月14日から1985年3月25日まで、合計186回行われ、9万3340人を積み出した。あたかも昔の米国で黒人奴隷が売られたように、「地上の楽園」という偽りの文句で日本から北朝鮮へと誘拐されたのだ。

 作家イ・ミンジンが、米国ではなくもし北朝鮮に移住していたら、小説「パチンコ」では、金氏王朝の独裁と窓のない監獄で、殺し、殺され、生き馬の目を抜く北朝鮮社会が描かれたのではなかろうか? 世の中のすべてを死ぬほど我慢して耐えなければならない、どん詰まりの連続が、北朝鮮生活だ。北へ送還された在日コリアンにとっては、日本での差別と蔑視は、人生の中でほんの一瞬通り過ぎた夏の日の夕立のようなものだ。日本で差別を受けたけれど、抵抗する自由があったあの頃を、本当に幸せな時期だったと懐古するのである。