死ぬ前に、一度でもいいから日本に行きたい

 北朝鮮は「祖国に早く来い、歓迎する」と言っていたのに、実際には、内臓をすべて溶かされ殻だけになったさなぎのように、人権はもちろん、身体と意識までも奪われた“植物状態”にさせられた。死にたいほどつらい弾圧を受けた北朝鮮で、我々は、腹いっぱいに食べることができ、差別すら自由意思に基づいている日本を「死ぬ前に一度でも行きたい」と夢に見て、本当に一生の願いとして胸に刻んで生きていたのだ。

 私の母は亡くなる直前に、痩せこけて真っ白になった弱々しい手で、私の手を握ってこう言った。「テギョンよ! もしもの話だ。もし、未来に、外国に出て行くことができる機会が来たなら、必ず日本に行きなさい!」。今でも、虫の息で語った母の最期の言葉は、私の耳から決して離れることはなく、胸の中に永遠に刻み込まれている。「自由を勝ち取りなさい!」と。

厳しい身分制度、在日コリアンに対する差別と蔑視

 ドラマ「パチンコ」を見た人たちが、100年余りの在日コリアンの差別の歴史に涙を流したのだとすれば、北へ送還された在日コリアンが、日本でソンジャが受けた差別と蔑視の歴史に加えて、北朝鮮で味わわされた粛清、弾圧、奴隷の歴史を知ったなら、世界は血の涙を流すことになるだろう。

 北朝鮮政府は、古代インドのカースト制度のような、金氏王朝式による成分制度によって、北へ送還された在日コリアンを公的に差別した。結果、志望する大学も、望む就職も、真の愛で成り立つ結婚も、党が関与した。一挙一動を監視される北朝鮮では、行動と意識まで統制される「操り人形」にならなければならなかった。北朝鮮の子どもは、皆、生まれてすぐ洗脳される。子どもたちは、世界はすべてそうなのだと信じ込み、「忠誠ロボット」となる。「苦痛だ」と一言でも話せば、少しは慰安を受ける自由がなければならないはずなのに、暗黒の北朝鮮では、そんな小さなうめき声も許されることはなく、反動的な言葉を言ったとして、政治犯収容所へ消えていった人々も多かった。