三島由紀夫は著『若きサムライのために』(文春文庫)のあとがきで、自らの肉体観を克明に披露している。

「精神といふものは、あると思へばあり、ないと思へばないやうなもので、誰も現物を見た人はゐない。その存在証明は、あくまで、見えるもの(たとへば肉体)を通して、成就されるのであるから、見えるものを軽視して、精神を発揚するといふ方法は妥当ではない。行為は見える。行為を担ふものは肉体である。従つて、精神の存在証明のためには、行為が要り、行為のためには肉体がいる。かるがゆゑに、肉体を鍛へなければならない、といふのが、私の基本的な考へである。」(一部抜粋)

 一つのことを長く続けるには体力を養うしかない。官僚も、企業家も、作家も、アーティストも、学者も、ジャーナリストも、最後はどれだけ体力を蓄えられているかが爆発力につながる。私はランニングを体力作りの根幹に置き、あとは腹筋、背筋、腕立て伏せをやっている。それ以上でもそれ以下でもない。

 肉体改造は楽しく取り組むに越したことはない。よって内容は人による。サッカー、カヌー、スキー、ボクシング、ボーリング、ゴルフ……何でもいい。自分が好きで、長く続けられると思う競技に一つでもいいから取り組んでみよう。継続は力なり。継続する過程は孤独だ。だが、その孤独が人を成長させる。

(4)世界の現場を飛び回ろう

 学生にないのはお金と経験、逆にあるのは時間と気合だ。社会人になるととにかく時間が無くなってきて、自らの意思で物事を決めて、実施するというスタイルを突き通せなくなっていく。

 だからこそ、(すでに社会人の人もいると察するが)学生の間に、時間があるうちに日本を出て、世界中を貧乏旅行してほしい。未知の世界に飛び込み、見聞を深めてほしい。視野を広げる過程で、自らの価値観や人生観が確立されてくるはずだ。

 私も毎年親友と「気合旅行」という行動に出る。そのために意図的に時間をつくる。旅行自体を過酷なスケジュールに設定する。泊まる場所、見て回る場所、出会う人……すべてを現場で決める。

 想定内のことは皆無に近い。想定外を常態化させる。常態化“する”のではなく、“させる”のが気合旅行の特徴だ。現場で情報を収集し、検証し、アクションにつなげていく。現場にコミットメントしていく過程で、「自分にとっての現場」(俗にいう「自分の土俵」に近い意味)がどこにあるのかが見えてくる。旅は人をデカくしてくれる。