佐藤 グローバルイノベーションユニットやNEC Xの存在は、一般社員や中間管理職にどのような影響を与えていると思いますか。

チャールズ・オライリー教授チャールズ・オライリー教授 写真:本人提供

オライリー NECの中間管理職の中には、「私はNECで20年間、この仕事に携わってきた。私は今の仕事が好きだし得意なので、このままこの仕事を続けたい」という人もいるでしょう。私は、それはそれで構わないと思います。

 NECにとっては、新規事業を創出することと同じくらい、既存事業を深化させていくことも大切なのです。例えば「三井住友銀行の勘定系システムを構築する」といった仕事がこれからも重要であることに変わりはありませんし、既存事業の仕事が得意な人は既存事業部門で活躍すればよいと思います。

 ところがNECの中には、「新規事業の探索をしたい」「新しい事業を立ち上げたい」という社員もたくさんいます。問題は、既存事業部門ではこうした起業家精神にあふれた社員の熱意や能力を受け止めきれないことです。彼らの能力を生かすには、別個の組織が必要なのです。

 その意味で私は、グローバルイノベーションユニットやNEC Xはいずれも若い社員ややる気のある社員に活躍の場を与える組織として、重要な役割を果たしていると思います。

スタンフォードで学んだ起業家精神は
大企業で生かされている

佐藤 AGCのケースについては、どのような点に注目して議論するのですか。

オライリー 私がAGCのケースをもとに特に注力して教えているのが、いかに島村琢哉氏(現・AGC取締役兼会長)がボトムアップで組織文化を変革していったかです。

 これまでの授業では度々、島村氏をゲストスピーカーとして招聘(しょうへい)しましたが、学生からは「どのようにして社員に変革の必要性を納得してもらったのですか」「日本企業で『両利きの経営』を実践できた秘訣(ひけつ)は何でしょうか」といった質問が相次ぎました。というのも、スタンフォードの学生は一般的に「日本企業は変革するのが難しい」「日本企業の経営者は決断も実行も遅い」という思い込みを持っているからです。

 確かにAGCの変革は一朝一夕では実現できません。同社は創業110年以上の歴史の長い企業です。このような企業を変革するのは、並大抵のことではありません。私の見立てでは、少なくとも10年はかかるはずです。

 AGCの「両利き戦略」は15年に島村氏が社長に就任したときに本格的に始まり、現在は平井良典社長に引き継がれていますが、この変革の成果は未知数です。つまり、AGCの「両利きの経営」はまだ発展途上なのです。しかし、同社がこれまでやってきたこと、やろうとしていることは理論的にも正しいことは確かです。

 授業ではAGCが島村氏や平井氏のもと、どのように変わっていったかをつぶさに見ていきますが、毎回、学生は「このような伝統的な日本企業でも変われるのだ」という事実を知り、感銘を受けています。