安倍晋三元首相の死去によって自民党内の政治力学に激変が起きている。中でもその影響が大きいのが自民党政務調査会長の高市早苗氏だ。「最強の後ろ盾」だった安倍元首相を失った今、高市氏の孤独な挑戦が始まったのだ。(イトモス研究所所長 小倉健一)
内閣改造で危機感募る安倍派
後ろ盾を失った高市早苗氏の処遇は?
7月10日に投開票がなされた参議院選挙で、自民党が単独で改選過半数を確保した。岸田文雄首相はこれを受けて、8月下旬に内閣改造・党役員人事を実施する考えで、党人事では麻生太郎副総裁と茂木敏充幹事長を留任させる方向で調整している。
ただ、安倍晋三元首相の暗殺事件を契機として、自民党内の権力のバランスが大きく変わり始めている。岸田政権は昨年の内閣発足以降、主要な政策を軒並みトーンダウンさせた。「新しい資本主義」に至っては、それが何ものであるかを党内で誰もうまく説明できない状況になってしまった。
そこに割って入ったのが、安倍元首相であった。党内最大派閥「清和政策研究会(安倍派)」を率いる安倍元首相は、迷走気味になった岸田政権に保守の柱を打ち立てた。
韓国の反発も予想された佐渡金山の世界遺産登録への道筋や北京五輪での外交ボイコット、ロシアによる侵攻に伴うウクライナへの支持表明、憲法改正…。安倍元首相の主張に岸田首相は盲目的に従っていった。
今、安倍元首相の突然の死によって、安倍派は分裂、弱体化の兆しを見せており、幹部も焦りを隠せないでいる。
7月11日のBS日テレの番組「深層NEWS」に出演した安倍派会長代理の下村博文・前政調会長は、次のような発言を繰り広げた。
「岸田首相はリベラル系。安倍さんあるいは清和研(安倍派)が、自民のコアの保守の人たちをつかんでいた。それを疎んじることになったら、コアの保守の人たちが自民から逃げるかもしれない」
「安倍さんが亡くなったことが岸田首相にとって都合が良くなるか。逆になることもあると考えて人事を配慮してもらう必要がある」
現政権には清和会から、松野博一官房長官や萩生田光一経済産業相ら4人の閣僚を送り込んでいるが、安倍元首相は生前、「次の内閣改造では5人に増やしたい」と周囲に語っていた。ところが、もはや閣僚の増員どころではない。現状の4人の閣僚枠を守ることに精一杯であることが、テレビ番組の下村氏の発言から見てとれる。
何よりもこの「4人枠」の中には、安倍元首相が昨年の自民党総裁選で強力に応援し、安倍派のメンバーの多くが投票したとみられる高市早苗・自民党政務調査会長が入っていない。高市氏は政治信条が安倍氏に近い保守派の政策通で、自民党に入党後は清和会に属していた。だが、2011年に当時「町村派(故・町村信孝会長〈当時〉)」と呼ばれていた清和会を退会し、以降は派閥に属さない姿勢を貫いている。
国民の人気が高くても党内基盤を持たない――。そんな高市氏には、大きな後ろ盾だった安倍元首相を失った今、過酷な運命が待ち受けている。政調会長には留任できるのか、「初の女性首相」の座はまだ狙えるのか。