『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』が刊行された。世界150万部超の『アイデアのちから』、47週NYタイムズ・ベストセラー入りの『スイッチ!』など、数々の話題作を送り出してきたヒース兄弟のダン・ヒースが、何百もの膨大な取材によって書き上げた労作だ。刊行後、全米でWSJベストセラーとなり、佐藤優氏が「知恵と実用性に満ちた一冊」だと絶賛し、山口周氏が「いま必要なのは『上流にある原因の根絶』だ」と評する話題の書だ。私たちは、上流で「ちょっと変えればいいだけ」のことをしていないために、毎日、下流で膨大な「ムダ作業」をくりかえしている。このような不毛な状況から抜け出すには、いったいどうすればいいのか? 話題の『上流思考』から、一部を特別掲載する。(初出:2022年1月7日)
「レジ袋禁止」の意味とは?
どんなに単純な介入も、たちまち複雑になることが多い。一例として、一見ごく単純な介入に思える、使い捨てのプラスチック製レジ袋削減の取り組みを考えてみよう。
環境保護主義者は、レジ袋をテコの支点と考える。レジ袋は、量的には膨大なプラスチック廃棄物のほんの一部でしかないが、多大な悪影響をおよぼしているからだ。
軽くて風に飛ばされやすいので、河川や雨水管を伝って海に流れ込む。海洋生物を危険にさらし、海岸の美観を損なう。
それにレジ袋は、「反持続可能性」のシンボルと言える。工場で製造されるプラスチック製レジ袋は、分解されるまでに数百年かかるかもしれない。それをアメリカは年間1000億枚も製造している。レジ袋は店で買った物を家に持ち帰りやすくするためだけに存在し、役目を終えればたちまちゴミになる。だから解決策は簡単だ──レジ袋をなくせばいい。
レジ袋を禁止したらプラスチックゴミが増えた
システム思考ではまず、「どんな二次的影響が予想されるだろう? レジ袋が禁止されたら、何がその穴を埋めるのだろう?」と考える。
消費者はおそらく、①紙袋の利用を増やす、②エコバッグを持参する、③袋を使わなくなる、のどれかの行動を取るだろう。
ここで、最初の驚きがやってくる。紙袋やエコバッグは、水路に入り込まないという点ではレジ袋よりずっと優れているが、劣っている点もあるのだ。
それらはレジ袋より嵩も重さもあるので、製造と輸送にずっと多くのエネルギーを消費し、炭素排出量が増える。イギリス環境省は、さまざまな種類の袋を1回使用するごとの環境負荷を算出し、紙袋なら3回、綿のエコバッグなら131回使わなければ、レジ袋よりもエコにならないとしている。
おまけに紙袋やエコバッグの製造過程は、レジ袋に比べて大気や水質を汚染する物質の排出が多い。レジ袋に比べてリサイクルもずっと難しい。
そんなこんなで、部分と全体の利益相反の問題が生じる。河川や海の生物の保護が主な狙いなら、レジ袋を禁止するのは得策だ。だが環境全体の改善をめざすなら、得策とは言い切れない。相反する影響を考え合わせる必要がある。
もうひとつの難しい点として、禁止を実行する方法についても、とても慎重に考えなくてはならない。シカゴでは2014年に、小売店での薄い使い捨てレジ袋の無料配布が禁止された。小売店はどう対応したか? 厚いレジ袋を配布したのだ。厚いレジ袋なら再利用できるという触れ込みだったが、もちろんほとんどの客がすぐに捨ててしまった。環境からプラスチックを追放するつもりが、かえって増やす結果になってしまった。
実験して、改善していく
実験は学習につながり、学習はさらによい実験につながる。
カリフォルニア州では2016年に住民投票でレジ袋の全面禁止が決まった。厚い袋の抜け穴もなかった。だが禁止後に、今度はゴミ箱用の小さいポリ袋の売上が急増した(おそらく店から持ち帰ったレジ袋を、家のゴミ袋にしたり、飼い犬の糞を拾ったりするのに使っていた人が一定数いたのだろう。だからレジ袋がなくなると、代用品を買い始めた)。
経済学者レベッカ・テイラーの研究によると、このケースではレジ袋禁止によってプラスチックゴミは削減されたが、ほかの袋の使用が増えたせいで削減効果の28.5%が相殺されたという。
だがたとえそうだとしても、相殺されたのは100%ではなく、28.5%にすぎない。禁止によって使い捨てのプラスチックゴミが大幅に減ったことは間違いない(おまけに、この問題を分析するために誰かがレジ袋の代用品の売上を注意深く追跡してくれたおかげで、フィードバックの情報源が1つ増えた)。
予想もしなかった影響も生じた。2017年にサンディエゴで危険なA型肝炎が流行したのは、レジ袋が不足したせいとも言われる。なぜだろう? ホームレスの人は排泄にレジ袋を使う習慣があった。レジ袋が手に入りにくくなると、排泄物を衛生的に処理できなくなったのだ。
「学習を続ける」ことで前進できる
僕がこの研究を調べ始めたときに感じた、圧倒されるような、がっかりするような、いらいらするような気持ちを、もしかするとあなたも持ったかもしれない。ただのレジ袋の政策でさえ、複雑きわまりない影響をおよぼすのなら、困難な問題を解決できる望みなどあるのだろうか?
僕を袋小路から引っ張り出してくれたのは、「ごまかしたり固まったりせずに学ぼう」という、ドネラ・メドウズ博士の呼びかけだった。僕らは困難のなかにあっても、何かを学んでいる。社会全体として学習しつつあるのだ。
たとえばレジ袋禁止政策の影響を分析するために、何が必要かを考えてみよう。
コンピュータシステム、データ収集、通信インフラ、それにもちろん、市や州の政策の効果を評価するための実験を考案する知的な人々の生態系。エビデンスを得るためのこうしたインフラが存在するようになったのは、人間の長い歴史のうちのごく最近のことにすぎない。上流思考に関する限り、僕らはまだゲームに参加し始めたばかりなのだ。
シカゴでは2016年に、むしろプラスチックゴミを増やす結果になったレジ袋禁止条例が廃止された。代わって市議会は、レジで配布される紙袋とレジ袋1枚につき7セントの税金を徴収することを決定し、2017年初頭から実施している。効果はどうだろう? それが結構うまくいっているのだ。
経済学者のタティアナ・ホモノフ率いる研究チームが、数軒の大規模食料品店から収集したデータによると、税金導入前に紙袋やレジ袋を使っていたのは買い物客の10人中約8人だったが、導入後は10人中約5人に減った。袋を使わなくなった3人はどうしたのか?
半数は持参したエコバッグを使い、半数は購入品を袋に入れずに持ち帰った。そして袋を使い続ける5人が税を払ってくれるおかげで、市民サービスの原資が増えた。
シカゴはまず薄いレジ袋を禁止することによって、実験を行った。最初は失敗したが、失敗の理由はわかった。そこで別の実験を行い、成功したのだ。失敗したやり方を、今後ほかの市が繰り返さないことを願いたい。
試行錯誤は時間がかかり、退屈でいらだたしいが、僕らは全体としてシステムについての理解を深めつつある。
この稿はドネラ・メドウズ博士の言葉で結びたい。
「システムを制御することはできないが、設計することや、設計し直すことはできる。驚きのない世界へと確信を持って突き進むことはできないが、驚きを予測し、そこから学ぶことはできるし、利益を得ることさえできる。……システムを制御したり、完全に理解したりすることはできないが、システムとともに踊ることはできるのだ!」
(本稿は『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』からの抜粋です)