どう見ても「健康上の理由」とは思えない

 この出来事について、「ニューヨーク・タイムズ中国語版」の編集長を務める中国人ジャーナリストの袁莉さんが配信したVlogで、インタビュー相手であるカナダ在住政治学者、呉国光氏も触れていた。

 呉氏は中国共産党機関紙「人民日報」の元評論部主任で、趙紫陽の時代には党の政治改革報告の執筆者の一人だった。天安門事件直前に米ハーバード大学のニーマンフェローとして渡米し、そのまま米国で中国政治ウオッチングをしている呉氏は「政治的な臆測には与(くみ)したくない」としつつ、この出来事について、「胡錦濤が内心で立ち上がりたくなかったかどうかは分からない。しかし、椅子から立ち上がろうとしなかったことは明白だ」と述べた。

 そして、脇を抱えられながら習の側を通り過ぎるときにその肩をたたいて何やら習に話しかけ、習は目を合わせずにそれに答え、続いて胡はその横に座っていた[胡と同じ政治派閥とされる]李克強・首相の肩に手を置いてから主席台を去っていく。

《彼らが何を話したのかは分からない。だが、共産党全体会議の閉幕日に目にしたこの一幕は、間違いなく誰の目にも尋常なことではなかった。というのも、善意だろうが、健康が理由だろうが、前任党主席がこんな形で退席させられたのだから、習近平か李克強が少なくとも敬意とともに一言、「胡錦濤同士は健康上の理由でこの場を離れなければならない。残念だが、ここでお見送りをいたしましょう」と説明すべきだった》

 …その通りなのだ! 「健康上の理由」という説明に、筆者がずっと納得できなかったのはこの点なのである。呉氏はこう続けている。

《それが人情というものでしょう? だがこの一幕では、胡錦濤が過去に目にかけてきた李克強、汪洋[前政治局員]らが緊張した面持ちで前を向いたまま、ただそこに座っているという姿を映し出した。[胡に起きたことに]何の関心も示さず、慰問の声をかけようともしなかった。まるで木彫りの人形のようにじっと前を見つめ、微動だにしなかった。》

 そう、それはまるで、そこに座っている胡錦濤以外の全員が、こうなることを理解しているように見えた。ずっと胡錦濤とともに政治を司ってきた温家宝も、口を「へ」文字にしたまま、じっと前を見続けていた。