多くの日本人は気づいていなかったが、2000年以降のアメリカでこの100年起こっていなかった異変が進行していた。発明王・エジソンが興した、決して沈むことがなかったアメリカの魂と言える会社の一社、ゼネラル・エレクトリック(GE)がみるみるその企業価値を失ってしまったのだ。同社が秘密主義であることもあり、その理由はビジネス界の謎であった。ビル・ゲイツも「大きく成功した企業がなぜ失敗するのかが知りたかった」と語っている。その秘密を20数年にわたって追い続けてきたウォール・ストリート・ジャーナルの記者が暴露したのが本書『GE帝国盛衰史 「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』(ダイヤモンド社刊)だ。黄金期をつくりあげた伝説のCEOの死と、続く悲劇が黄昏を迎えたGEに追い打ちをかけた一部始終を紹介。(訳:御立英史)

伝説のCEOPhoto: Adobe Stock

ジャック・ウェルチの死

 ジャック・ウェルチは、2020年3月1日の日曜、マンハッタンの豪華なアパートで亡くなった。84歳だった。同世代で最も有名なCEOは、最後まで気骨と矜恃を失わなかった。

 晩年の彼は、かつて自分が率いた会社に降りかかった苦難、特に会社が自ら招いてしまった苦難に、心を痛めていた。

 セント・パトリック大聖堂で行われた葬儀には、人数は多くなかったがGEの過去と現在の幹部、元取締役、友人、家族などが参列した。ジョン・フラナリーも、ジェフ・イメルトも、そしてラリー・カルプもいた。ビル・ベリチック〔アメリカンフットボールの名将〕は棺を担いだ。

コロナ禍に直撃された航空機エンジン事業

 過ぎ去ったウェルチの時代に静かな追悼と称賛が寄せられているとき、別の苦難が密かに、しかし恐るべき速度で迫りつつあった。それはGEを揺るがすだけでなく、世界中の企業やコミュニティを震撼させる苦難であった。

 看護師や医師は危険を顧みず疾病に立ち向かい、感染者の治療に当たった。ワクチンの研究は歴史上類を見ないスピードで進んでいる。しかし、国民の多くがスーパーマーケットでのマスク着用すら拒否する米国では、2020年の冬に向けて、少なくともさらに50万人の命が失われると見られている。

 このパンデミックは、安定した収益源として期待されていたGEのジェットエンジン事業にも打撃を与えた。パンデミックの影響で世界中の旅行が停止し、航空会社の収入は激減し、何千機もの旅客機が地上に釘付けになった。それはエンジンの稼働時間の減少を意味し、GEが期待していた重要なサービス収入が得られなくなることを意味する。

 GEアビエーションにとって、まさに青天の霹靂だった。同社はパンデミック以前にも、エンジンを供給しているボーイング737MAXが2機も墜落し、350人近い犠牲者を出すという打撃を受けていた。

 規制当局からの飛行禁止命令を受けたボーイングが、2019年12月に同機の生産を停止したことで、エンジンを一手に供給していたGEの悩みは深刻化した。製造ペースを落としたが、買い手がつかなくなったエンジンの在庫は増える一方だった。

 GE再建に挑むカルプは、航空機ビジネスがもたらす安定的収益に期待していた。GEアビエーションは、イメルトが開発を命じたLEAPエンジン(MAXジェットに搭載された)を含め、長年の投資が実を結んで利益が上がりはじめた矢先だった。

 だが、その安定した収益の柱が、パンデミックによって揺らいでしまった。GEキャピタルは、世界の航空会社に1000機以上の航空機をリースする世界最大級のジェット機保有会社だが、そのビジネスも突如停止してしまった。

 パンデミックに鎮静化の兆しはなく、航空業界が危機を脱するのに何年もかかることが明らかになった。GEは長期的停滞に備えて事業の再構築を急いだ。それまでLEAPエンジンの増産に忙しかった工場労働者やサプライヤーの長い隊列は、一転して人員とコストの削減対象になった。

 GEアビエーションの2020年第2四半期の売上げは44%減少し、前年達成した35億ドルが吹き飛んだ。

 GEはエンジン部門の従業員の4分の1を解雇し、1万3000人を自宅待機とした。2020年後半には、近いうちにさらなる削減を行うという社内発表が行われた。