多くの日本人は気づいていなかったが、2000年以降のアメリカでこの100年起こっていなかった異変が進行していた。発明王・エジソンが興した、決して沈むことがなかったアメリカの魂と言える会社の一社、ゼネラル・エレクトリック(GE)がみるみるその企業価値を失ってしまったのだ。同社が秘密主義であることもあり、その理由はビジネス界の謎であった。ビル・ゲイツも「大きく成功した企業がなぜ失敗するのかが知りたかった」と語っている。その秘密を20数年にわたって追い続けてきたウォール・ストリート・ジャーナルの記者が暴露したのが本書『GE帝国盛衰史 「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』(ダイヤモンド社刊)だ。電機、重工業業界のリーダー企業だったこともあり、常に日本企業のお手本だった巨大企業の内部で何が起きていたのか? ついに、同社のすべての好循環を生み出していて格付けが揺らぐ日がやってきた。(訳:御立英史)

CFOの涙Photo: Adobe Stock

GEのリーダーたちの目の前で

 2017年8月、例年どおり、GEの幹部社員が研修のためにクロトンビルに集まった。

 ここでは1年を通じてさまざまなイベントが行われ、GEの社員や管理職だけでなく、顧客や、GEのリーダーシップを学ぼうとする他社の幹部が足を運ぶ。8月のプログラムに参加するリーダーたちは、GEの成功の基礎はタービンやジェットエンジンではなく、自分たちの存在だと教えられる。

 だが、この年は雰囲気が違っていた。株価は低迷し、イメルトの16年間が終わったばかりで、だれもが今後のGEの進路を知りたいと思うなかでの開催となった。フラナリーが会社の徹底的な見直しを始めていることはだれもが知っており、先行き不透明な状況に不安を感じていた。

 その日の午後、講堂ではGEの将来についてひそひそ話がやまなかった。先は見えないが、125年の歴史を持つこの会社が再び立ち上がることを疑う者はいなかった。これまで常にそうしてきたのだから。

 フラナリーは集まった幹部社員に、視察を通じて初めて知った会社のオペレーションの状況を詳しく説明した。イメルトは会社の危機を強調するような話をすることはなかったが、フラナリーは、会社の現状は思わしくなく、今後もっと悪くなるだろうと、身も蓋もない話をした。だが、この日の出席者の記憶に残ったのは、そんなフラナリーの悲観的なコメントではなかった。

 次に登場したのは、いつかCEOになると目されていたジェフ・ボーンスタインだ。イメルトの暴走を防ぐ存在として、ウォール街でも一目置かれていた。彼がGEにとどまり、フラナリーの仕事をサポートしているという事実が、社員に安心感を与えてもいた。

 壇上からボーンスタインは檄を飛ばした。会社のオーナーになったつもりで仕事を進めろ。GEにふさわしいリーダーであれ。あなた方はすべての結果に責任があり、目標を達成できなかったらその責めを引き受けるべきだ。

 そして、「私はこの会社を愛しています」と言うと、ボーンスタインは次の言葉をのみ込み、深く息をした。再び話しはじめようとしたが、言葉が出てこなかった。筋骨隆々で、噛みタバコを口に含み、ウエイトリフティングに余念のない、人当たりの厳しさで知られるCFOが……なんと壇上で涙を流しはじめたのだ。

 会場にいた人びとは目にした光景に驚き、混乱した。ボーンスタインの熱い心に胸を打たれた者もいれば、異様な振る舞いに不安を感じた者もいた。彼が涙をこらえきれないということは、よほど深刻な事態が生じているに違いない。ショックと混乱のなか、聴衆は会場をあとにした。

 フラナリーとボーンスタインがGEの膿を取り去ろうとしていることは伝わっていたが、不発弾が発見されたというニュースはなかった。にもかかわらず、GEで最もタフだと思われている男が涙を流したからには、よほどのことがあったのかもしれない。

 その光景はその後何年も、人びとの心に残った。それは、GEが沈没しかけていることを感じた瞬間、どんな悲惨な事態が待ち受けているかをだれも知らないという事実を悟った瞬間だった。