2016年の発売以降、今でも多くの人に読まれ続けている『ありがとうの奇跡』。本書は、小林正観さんの40年間に及ぶ研究のなかで、いちばん伝えたかったことをまとめた「ベスト・メッセージ集」だ。あらゆる悩みを解決する「ありがとう」の秘訣が1冊にまとめられていて、読者からの大きな反響を呼んでいる。この連載では、本書のエッセンスの一部をお伝えしていく。
「自分には、何の取り柄もない」
という状況は、じつは、恵まれている
京都府宇治市に、「宝蔵院」という建物があります。
宝蔵院には、鉄眼道光(江戸時代の禅僧)が、江戸時代に約17年かけて刻んだ「一切経」(「大蔵経」ともいいます)6956巻分の版木(版画印刷の木)が、およそ6万枚、現存しています。
鉄眼道光は、「一切経6956巻という膨大な文字を刻んで、印刷物にすることができたら、わざわざ書写をしなくてもすむ。自分のような人間でも、必要なお経だけを取り出して持ち歩いて読むことができるのではないか」と考えました。
鉄眼道光が、一切経の印刷を思い立ったとき、たまたま身なりの貧しい武士がすたすたと橋を渡ろうとしていたといいます。それを見た鉄眼道光は武士に声をかけます。
「お武家さま、一文、恵んでください」
武士は、素通りです。鉄眼道光は追いかけて、もう一度、声をかけました。
「お武家さま、一文、恵んでください」
しかし、足を止める気配を見せません。この武士は京都に用事があったのですが、鉄眼道光を振り払いたいがために、大津(滋賀県)まで行ってしまったそうです。
まさか、こんなに追いかけてくるとは思わなかったことでしょう。そしてついに、武士が振り返って怒鳴りました。
「おまえは何を考えているのだ。わしのこの貧しい身なりを見れば、財布にゆとりがあるかどうかわかるだろう。なぜ、わしを追っかけて、金をくれと言うのだ。おまえには血も涙もないのか」
それに対して、鉄眼道光はこう答えたといわれています。
「それはよくわかっています。私はたった今、仏典を、全部、版木に刻んで印刷したら、ほかの人も持ち歩いて読むことができる、と思い立ちました。それをやろうと決めたとき、たまたま目の前を通りかかったのがお武家さまです。そして、この人から最初の一文を恵んでもらうことにしました。『この人から一文もいただけないくらいなら、どんなに努力しても、事業は成功しないだろう』と私は思っています。だから、どうしても、あなたから一文いただきたかったのです」
この武士は、「そういうことだったのか。私もゆとりがないけれども、喜んで寄進させてもらう」と言って、持っているお金を寄進したそうです。
そこから鉄眼道光は、まわりの協力を得ながら、版木彫りをはじめます。17年間、ただひたすら経文を彫り続け、ついに6万枚を彫り終えました。
鉄眼道光は、どうして17年間も彫り続けることができたのでしょうか。鉄眼道光は、晩年にこのような話をしていたと聞きました。
「自分には、ほかに何もすることはできないし、何の取り柄もないという状況を神から与えられたから、こんなバカなことを生涯、続けることができた」
「豊かな才能に恵まれていない」「人より優れたものを与えられていない」と嘆く人がいます。けれど、できる人、恵まれた人ほど、すぐに「不平不満」を持ってしまうこともあります。
一方で、愚鈍な人は「感謝」ができます。
たくさんのすばらしい才能を持っている人ほど本当は恵まれていなくて、「恵まれていない」と思う人ほど、「恵まれている」のかもしれません。