
理不尽な銃撃の被害者にもかかわらず、旧統一教会問題の余波で、日本では賛否の分かれる存在となった安倍晋三元首相。だが台湾では、死後に銅像が建てられ、その像が立つ廟は人びとが手を合わせる“聖地”となっていた。なぜ異国で日本の元総理が崇拝されているのか。世界中の国威発揚施設に足を運んできた筆者が、もはや「親日」という言葉では語りきれない現地の事情に迫る。※本稿は、辻田真佐憲『ルポ 国威発揚―「再プロパガンダ化」する世界を歩く』(中央公論新社)の一部を抜粋・編集したものです。
もし撃ったのが左翼なら
安倍元首相は英雄になっていた?
トランプ大統領ととくに親しく交友を結んでいたのが、わが国の安倍晋三だった。そしてかれもまた、トランプほどではないにせよ、ネタにされやすい政治家のひとりだった。
国会で「日教組はどうするの」「意味のない質問だよ」とヤジを飛ばし、選挙の応援演説で「こんなひとたちには負けるわけにはいかない!」と叫び、食べ物を試してはなんでも「ジューシー」と評する。
意図的にやっていた部分もあったにせよ、いかにもネットミームになりやすい。しかも敵と味方をはっきり峻別するという点で、安倍はSNS時代にじつにマッチした政治家だった。
そんな安倍は、2022年7月8日、奈良市の大和西大寺駅前で銃撃されて亡くなった。
今日、被害者はひとびとを結集させるシンボルになっている。現代のナショナリズムも「こんな帝国を築き上げた」という積極的な面より「あの国からこんな被害を受けた」という受動的な面で盛り上がりやすい。
そのため、安倍も悲劇の英雄となり、国葬は歓迎され、地元の山口県などに銅像や慰霊碑が建てられ、聖地化した可能性があった。