携帯電話はもう反応しなかった。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)のスタッフにロシア特派員のエバン・ゲルシコビッチ記者から最後に連絡があったのは3月29日午後4時少し前。彼がエカテリンブルクのステーキハウスに到着したところだった。ウラル山脈を訪れるのはこの1カ月で2度目だ。昼食の少し前、同僚がゲルシコビッチ記者にメッセージを送っていた。「今日はがんばって」「ありがとう」と返信があった。「様子を知らせるよ」数時間後、WSJの編集局はエカテリンブルク、モスクワ、ワシントンの関係先への連絡を急いでいた。ロシアのメッセージアプリ「テレグラム」には、保安当局者がエカテリンブルクのステーキハウスからフードをかぶった男性客を連行したという漠然とした情報が投稿されていた。
拘束されたWSJ記者、ロシアを愛した半生
ゲルシコビッチ記者はソ連から逃れた両親を持つが、自身にとってモスクワは第2の故郷になっていた
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