「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!
「睡眠中に記憶を整理しているのではないか」
現在に至る「睡眠ブーム」のきっかけは、睡眠研究の第一人者マシュー・ウォーカーが2000年に行なった睡眠と記憶についての講演のあとの、一人の聴衆との会話だった。ピアニストだと自己紹介した彼は、「睡眠中に記憶を整理しているのではないか」というウォーカーの仮説について、「お話を聞いていて思い出したのですが、ピアノの練習でも同じようなことがよくあります」と感想を述べた。
「夜中まで練習していても、どうしてもマスターできない箇所があるとします。いつも同じところで間違えてしまう。そしてマスターできないまま眠ってしまっても、翌朝になるとなぜか弾けるようになっている。完璧に弾けるのです」
睡眠研究者のアントニオ・ザドラとロバート・スティックゴールドは、ほんとうに眠っているあいだに能力が向上するのかをタイピングを使って検証した。
被験者に「4-1-3-2-4」の順番でひたすら数字をタイプしてもらうと、最初の5、6分で約60%速くなったが、そこで頭打ちとなり、10分間の制限時間が終わるまでに速さは変わらなかった。午前中に練習して夜にテストしたところ、指はちゃんと覚えていたようで、練習終了時と同じ速さで入力できたが、速くはなっていなかった。ところが、夜に練習して翌朝テストすると、タイプが15~20%速くなり、間違いも減っていたのだ。
同様の学習効果は視覚や聴覚の識別課題でも確認されていて、どれも睡眠後に成績が上がった。
睡眠時の学習は、眠りの深さによって役割がちがっている。タイピングのような運動能力は深夜のN2睡眠、言語記憶はN3睡眠、情動記憶や問題解決に関係するのはレム睡眠で、視覚的な識別能力課題では、夜早い時間のN3睡眠と深夜のレム睡眠が長いと翌日の成績が上がった。このように眠りの質によって学習分野が変わることが、レム睡眠からN3まで異なる睡眠の段階が生まれた理由かもしれない。
睡眠時の学習に夢はどのようにかかわっているのだろうか。それを知るためにザドラとスティックゴールドは、一酸化炭素中毒などで脳深部の海馬が損傷した患者5名に3日間で合計7時間テトリスをしてもらった。
海馬は記憶にかかわる脳の部位で、ここが損傷すると、今朝何を食べたか、午後どこへ行ったかなどを思い出すことができなくなる。健忘の患者たちは、寝る時間になると自分がテトリスをやったことをまったく覚えていなかった。
ところがひと晩たつと、目覚めたときに5名中3名がテトリスの夢を見たと報告した。意識的な記憶が消えていても、無意識はテトリスをしたことをちゃんと覚えていて、それを夢で再現したのだ。―これは「テトリス効果」として有名になった。
次いで2人が指導する若い研究者が、夢を見ることが学習能力に影響するかどうかを調べた。被験者(先の実験とはちがって、脳に損傷を受けていない)はヴァーチャル迷路の課題を行なったあと、90分間の仮眠をとり、そのあとふたたび同じ課題に取り組んだ。
その結果は驚くべきもので、仮眠から目覚めたとき迷路の夢の記憶がなかった被験者は、迷路を脱出するまでの時間が仮眠後に1分半延びたのに対し、夢を見たと報告した被験者は反対に2分半短縮したのだ。
仮眠中に被験者を起こし、そのときに見ていた夢を報告させる追加実験でも、夢の効果は確認された。課題に関係する夢を見ていた被験者は、迷路の攻略を平均91秒短縮させた(成績が10倍ちかく上がった)。一方、迷路の夢を見なかった被験者の時間短縮は10秒に満たなかったのだ。
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。