早とちりや事実誤認といった「思考のエラー」は、誰にでも起こりうる。だからこそ、「情報をいかに正しく認識し、答えを出せるか」で差がつく。そのためには「遅く考える」ことが必要だ――そう説く一冊が、哲学者の植原亮氏による新刊『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』だ。20万部突破のベストセラー『独学大全』著者・読書猿氏も「結論に急き立てられる我々が『考える』ことを取り戻すために」と推薦している本書。何事につけても「速さ」がもてはやされる世の中で、いまこそ「遅い思考」が求められる理由とは? 植原氏の大ファンを公言する読書猿氏をゲストに迎え、「遅考」の核心を語り合ってもらった。今回のテーマは「思考を改善するための習慣」について。(初出:2022年10月8日)
「思考の習慣改善」をサポートしてくれる1冊
――読書猿さんは、植原先生の『遅考術』をどのように読まれましたか?
読書猿:まずは、対話形式でとても読みやすいことに感心しました。
登場人物たちの生き生きとした対話に巻き込まれながら、読者も一緒に問題を解いていくなかで、思考のトレーニングを知らず知らずのうちに積んでいけるという仕組みがすばらしいと思います。
ちょっとトリッキーな問題を出す「先生」。ぱっと浮かんだ考えに飛びつきがちだけど、なんとか踏ん張ろうとする「早杉くん」。クールかつ思慮深い、突っ込み担当の「文殊さん」……。
どの登場人物もキャラが立っているので、楽しく読み進めることができるのがいいですよね。僕は特に、文殊さんが大好きです。
それに、とことん「具体的」なんですよ。情報をそのまま信じ込むのはよくないし、1回は疑わなきゃというところまでは、みんなやっている。
でも、その先どのように思考を進めればいいのか。「何でもありだよね」という相対主義に落ち込まずに、より良い思考、より確実な思考を導き出すための具体的な手段が、本当にたくさん書かれているんです。
最終章の「総合演習」もすばらしい。陰謀論や似非科学など、いま現にこの日本でも起こっているアクチュアルな問題にそのまま飛び込んでいけるところまでフォローしてくださっているんですよね。
植原亮(以下、植原):ありがとうございます。哲学の領域で培われてきた、知識の形成の仕方や情報の集め方、思考の進め方などは、ビジネスパーソンのような人々にとっても有効であるはずなのですが、これまではなかなか届きにくいところがありました。
今回、このような形で広い読者層に届くような本が出せて、とてもうれしく思っています。
読書猿:まさに「哲学、役に立つじゃん」と僕が言えるような本が出たなと感じています。
僕が『独学大全』に関連した特集やフェアで紹介した、植原先生の『思考力改善ドリル』(勁草書房)も、すばらしい一冊でした。こちらはドリルなので、読者が自分で問題を解かないといけない。
そこが、思考法を扱った類書がたくさんあるなかでも他と一線を画していた点だったと思います。
というのも、やはりどんなにすばらしい「思考法」を学んでも、きちんとトレーニングを重ねて、肉体改造ならぬ「思考の習慣改造」をやらないと、いざというときに役に立たないからです。すると、次から次へと別の思考法を求める、いわば「思考法ショッピング」にハマってしまう。
『思考力改善ドリル』は、読者に真っ当なトレーニングを要求するという意味で、実はかなりハードな一冊でした。
この本にダイヤモンド社の編集者がまじめにチャレンジして、ちゃんと問題を解こうとして、ちゃんと挫折したことが、今回の『遅考術』の企画に結びついたとのことですが、すごくいい話だと思います。
『ドリル』を「ふんふん、面白い本ですね」と流し読みしてしまっていたら、こうはならなかったでしょう。
「遅く考える」を実践するための読み方とは
植原:先ほど指摘してくださったような、対話形式のメリットは、まさに『遅考術』の狙いです。
問題を考えながら読み進んでもらうのが基本ですが、問題の解決の方向性がわからなくなっても、登場人物たちの対話を少し読み進めると、自分の力でもう少し先へと考えていけるようにしてあります。
確かにスピーディではないけれど、読者が自分の足を一歩ずつ前に出すように、じっくり思考を進めていくとはこういうことかという感触を持てるように工夫しました。
本書に別の読み方があるとすれば、いわば「デカップリング型」の読み方ですね。デカップリングとは、目の前の現実と、これからつくって検証にかけようとしている仮説を「切り離す」能力です。
デカップリング的に本書を読むと、問題そのものよりも、キャラクターの言動や対話の筋道に突っ込みを入れたりするような読み方になります。
「おいおい早杉、いくら何でも簡単にひっかかりすぎだろう」とか、「先生のこの発言は、議論を展開するためとはいえ少し作為的にすぎないか」とか。こうした読み方をするのも、遅考術の実践の一環であるといえます。
そんなわけで、少なくとも本書は2周できるようになっています。1周目を読み終えたら、2周目ではちゃんと遅考術が身についたかを確認・復習しつつ、デカップリング型でも読んでほしいですね。
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『遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。
1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。
ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰。「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。
自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシア時代の古典から最新の論文、個人のTwitterの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。
『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層から支持を得ている。本書は3冊目にして著者の真骨頂である「独学」をテーマにした主著。なお、「大全」のタイトルはトマス・アクィナスの『神学大全』(Summa Theologiae)のように、当該分野の知識全体を注釈し、総合的に組織した上で、初学者が学ぶことができる書物となることを願ってつけたもの。
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