頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。
人物像についてのエラーを防ぐには
今回は、人物像についてエラーが生じやすくなる状況を見ていこう。このときには、直観ばかりに頼ってしまうと、思い込みや偏見を生みやすくなる。
「ある人がどんな人か」については、名前だけでもいろいろと自動的に連想が働いて、勝手な仮説を導き出してしまうことさえある。
人についての直観はエラーを起こしやすいので、その間違いが発生する典型的な状況をについて詳しく学んでいこう。ここでも、あえて遅く考えてみる訓練がとても大事だ。
では、問題。
――それでは、次のA・B・Cのうち、カズキに当てはまる見込みが最も高いのはどれか?
A:システムエンジニア
B:ゲームが趣味の人
C:ゲームが趣味のシステムエンジニア
これを「いかにもありそう」とCを選ぶ人が多い。「同級生でそういうやつが結構いる」などと考え、ステレオタイプが想起されるのだ。
こうなったときは、代表性バイアスに気をつけてほしい。典型的なものとして浮かびやすいイメージに近いからといって、実際の可能性まで高いとは限らない。だから、「Cは正しくないのではないか」と考えを進めるのだ。
Cが正しくないと確認するには?
ここまではいいとして、AやBを検討する前に、Cが本当に正解ではないと確認しておくには、どうすればいいだろうか。
それには、まずAとBの関係を、ベン図で整理するのが有効だ。ベン図は、集合を考えるときによく描かれるものだ。重なりがあると考え、AとBの大きさの違いは無視すると、次のようになる。
この図の中でCの場所はどこになるだろうか? システムエンジニアでしかもゲームが趣味の人は、AとBが重なる青色で示した部分になる。
Cの大きさを他と比べると、明らかに小さいのがわかるだろう。CはAやBの一部だから、当然と言えば当然だ。だが、ベン図にすると、よりはっきりする。
Cが不正解の理由もここにある。カズキは小さい集合よりも大きな集合に含まれている見込みが高い。Cは条件を絞っているから、AやBよりも当てはまる可能性が低いわけだ。
そもそもなぜ最初にCを「一番ありそう」と感じてしまうのだろうか。それは「連言錯誤」と呼ばれる現象によるのだ。
連言錯誤とは
2つの事象AとBが重なって起こること(Cとする)と、AやBという単一の事象を直接比べて、Cの方がAやBがそれぞれ単独で起こるよりも可能性が高いと誤って判断すること。
これが錯誤なのは、CはあくまでもAやBの一部でしかないので、AやBだけに比べて必然的に確率が小さくなるのに、そのことを考慮するのを怠っているためである。
このことは、次のように大ざっぱに確認することができる。たとえば、Aの確率は40パーセント、Bの確率は70パーセントだとしよう。Cの確率は、両者をかけた0.4×0.7=0.28、つまり28パーセントにしかならず、AやBよりも小さくなることがわかる。
今回の問題では、連言錯誤は代表性バイアスと結びついている。カズキについての記述から思い浮かぶイメージがCの「ゲームが趣味のシステムエンジニア」に近いので、AとBの連言にすぎないCの見込みまで「大きい」と思ってしまう。
これは、オートモードの思考の働きだ。マニュアルモードに切り替えれば、AやBの方がCよりも可能性が高いことがわかるはず。ベン図は素朴で単純に見えるが、思考のための道具として頭脳に組み込んでおくと非常に役立つ。
一番もっともな答えを導き出す
さて、この問題は当てはまる見込みがもっとも高い選択肢を答えるものだった。AとBのどちらが正解になるだろうか。
ヒントになるのは、基礎比率という概念だ。つまり、もともとの割合がどうなのかを考える。
そこで、「システムエンジニア」と「趣味がゲームの人」の数を比べる。システムエンジニアは職業の一種なのに対し、ゲームが趣味の人はカテゴリーが違う。特定の職業の人だけがゲーム好きというわけではない。営業職の会社員だったり、公務員だったり、農家の人でもいいし、働いている必要もない。小中学生や高校生はもちろん、最近は定年後にゲームをはじめたという人の話も聞く。
システムエンジニアという限定された職についているAよりも、ただ単に趣味がゲームというBの方が、当てはまる人数が圧倒的に多い。よって、答えは「B」になる。
今回は、「いかにもありそう」という、ステレオタイプに飛びつかず考える練習をした。ベン図を思考ツールとして活用して、じっくり考えられるようにしてほしい。
(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』を再構成したものです)
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『遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。
1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。