頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。(初出:2022年9月17日)

遅考術Photo: Adobe Stock

早とちりや思い込みを脱するには、どう考えればよいのか?

 学生から「勘違いや思い込みとかがすごく多くて、困っている。そこを直して、物事をじっくり丁寧に考えられるようになりたいんです。」という声をよく聞く。

 それには、慌てずにゆっくりと、つまり「遅く考えられる」ようになることが必要である。今回は、そのコツを解説していく。

 まず1つ目のコツは、一度あえて「否定」してみるというものだ。

 何かすぐに思い浮かんだとしても、それに飛びつくのをぐっと我慢して踏みとどまれることが、ゆっくり丁寧に考える出発点だ。

 そのためには、「その考えは正しくないのではないか」という否定の問いを立ててみるのが、有効な手立ての一つとなる。

 あなたが、どれくらいじっくり考えられるか、問題を通じて確認してみよう。

 ちなみにこのあと、「仮説」という言葉が出てくる。大ざっぱに言ってこれは、その妥当性(もっともらしさ)や正誤を明らかにするための主張や説明のことだ。

 それでは問題に移ろう。

すみずみまでそっくりな2人

 コースケとエイジは見た目が実にそっくり。本人たちに尋ねてみると、身長や体重が同じなだけでなく、生年月日や両親までいっしょなのだそうな。なんならDNAも一致するとのこと。ところが、それでも2人は双子ではないのだという。

 ――はて? いったいそんなことがあるのだろうか? 一番もっともな仮説を考えてみよ。

 コースケとエイジは、見た目も誕生日も親もいっしょ。こういわれると、「だったら、絶対に双子だ」と思ってしまいがちだ。

 だからこそ、先ほどのコツが有効になる。

 最初に思いついた考えをあえていったん否定する。疑問文にするとこうなる。「コースケとエイジは双子ではないのではないか?」

 とりあえずは、最初の答えに飛びつかずに踏みとどまれたのではないだろうか。その状態が保てるようになったら、次はその先に進むためのコツだ。

思考のコツ、その2

 問題文をもう一度しっかり読み直して、どんな条件が記されているかをよく確認する。そうすると、見落としていた点に気づいたり、別の仮説を思いつくことがある。

 問題文をよく読むと、DNAも一致するとある。ここから、「2人はクローン」という仮説が浮かぶかもしれない。そうすれば、最初の答えに飛びつかず、別解を出せたことになる。

 ただ、人為的に作ったクローンだとしたら、生年月日はたぶん違う。それに「一番もっともと思われる仮説」と問題にはある。クローンも可能性がないとまでは言えないだろう。けれど、あまり現実的な感じはしないはずだ。

 ここで大切なのは、ともかく最初の答えとは違う仮説を考えられるようになってきたということだ。仮説は、いきなり正しいものを生み出さなくてはいけないわけではない。あれこれ考えてみて、よさそうな仮説が一つでも思いつければいい。

 そこで3つ目のコツだ。想像力を働かせて、条件が当てはまるかもしれない状況をいろいろと思い描いてみたり、内容が関連しそうな本やウェブサイトをのぞいてみたりしよう。

 あとは、シンプルに他の人と話すのも悪くない。一人でずっと考え続けるのは、いくら頭がいい人でも難しいからだ。

 というわけで、ここでもっともらしい仮説を考えるためのヒントを出しておこう。それは『おそ松さん(おそ松くん)』だ。

【まとめ】遅く考えるための“3つのコツ”

 ここで答えが出せない人は、最初に思いついた答えが思い込みとなり邪魔をしているわけだ。だからこそ、いったん否定して答えを留保するというコツが有効に働く。

 では、今回の遅く考えるコツを手順としてまとめておく。

遅く考えるための基本、3ステップ
①思いついた考えや言われたことを、まずはいったん否定する。「Aではないのではないか」と自問すること。
②条件を何度も確認する。見落としがあったり、別の仮説を思いついたりする可能性がある。

③もっともだと思える仮説にたどり着くまで、あれこれ粘り強く考える。想像力を働かせる、文献を参照する、他の人と相談する、も有効だ。

 今回のような問題が得意で、すぐに答えがわかるという人もいるだろう。ただ、そういう人でも、自分が普段から意識せずにできていることを明確化しておくメリットはとても大きい。

 さらに磨きをかけるべきところや、まだ弱いところが確認できるからだ。それに、似たような問題だからといって、いつもうまく正解が導き出せるとは限らないのだ。

(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』を再構成したものです)

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『遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。