「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!
よいことも悪いことも慣れていく
人生の選択を考えるときに重要なのは、「限界効用の逓減」を理解することだ(逓減とは「すこしずつ減っていく」こと)。これは経済学の用語だが、わかりやすくいうと「よいことも悪いこともすぐに慣れてしまう」という、誰もが知っている経験的事実だ。
ビールは最初のひと口がものすごく美味しくて、2杯目、3杯目とジョッキをお代わりするにつれて美味しさが減っていき、最後は惰性で飲むようになる。このとき、ビールの美味しさを「効用(幸福度)」という。ビールを1単位(ひと口目からふた口目、ジョッキ1杯目から2杯目へ)追加したときの美味しさ=効用の変化が「限界効用」だ。ビールを飲めば飲むほど(投入する量を増やせば増やすほど)美味しさ=効用はすこしずつ減っていくので、限界効用は逓減するのだ。
これはヒトだけでなく(神経系のある)すべての生き物に普遍的な法則で、あらゆる効用は逓減する。なぜこんなことになっているのか。それは、生存や生殖のためにやらなくてはならないことがたくさんあるからだ。
空腹のときの最初のひと口の美味しさがずっと続くなら、手当たり次第に食べ尽くすまでその場にとどまり、ひたすらドカ食いすることになる。しかしこれでは捕食者の格好の餌食になってしまうし、生殖活動を行なえず子孫を残すこともできない。このような強欲な個体は進化の歴史のなかで真っ先に淘汰されてしまうから、限界効用はすみやかに逓減し、縄張りを守ったり、つがい行動(パートナー探し)をしたり、もっと大事なことができるようになっているのだ。
愛するひととのセックスは素晴らしい快感と幸福感を与えてくれる。しかし、いつでも最高の快感が得られるのなら、あまりにも幸せすぎてほかになにもしなくなってしまうだろう。これでは、生まれてきた子どもは世話をしてもらえずに死んでしまい、「利己的な遺伝子」は自分の複製を後世に残せない。そんな「バグ」はすぐに淘汰・排除されてしまうから、同じ相手とのセックスの限界効用も逓減するのだ。
「よいことはだんだん消えていく」からといって、絶望するのはまだ早い。脳のこの仕組みは、「悪いこと(つらい体験)」にも同じようにはたらくのだ。
愛するひとと別れたら、絶望してなにもする気力がなくなってしまうだろう。だがずっとこのままだと、やはり「利己的な遺伝子」は複製を残せない。だからこそ「負の効用」も時間とともに逓減し、つらい記憶を忘れ(あるいはさほど気にしなくなり)、新たな希望とともに人生を歩みはじめることができるのだ。
※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。