ベトナムICT大手のFPTコーポレーションが、若いデジタル人材の教育・採用力を生かして、日本市場で躍進中だ。同グループ傘下のFPTソフトウェア、またその日本法人であるFPTジャパンホールディングスの概況と、同国で民間企業として初めて設立したFPT大学における人財育成について、チュオン・ザー・ビンFPTコーポレーション取締役会長に聞いた。
日本国内のニアショア拠点が続々と増加
1974年旧ソ連のモスクワ大学に国費留学、同学にて82年に数学の博士号を取得。88年9月に科学者12名とともにFPTを創立。09~12年FPTコーポレーション取締役会長、12~13年FPTコーポレーション代表取締役会長兼CEO、02~09年FPTコーポレーション代表取締役会長兼CEO、2013年FPTコーポレーション取締役会長に就任(現任)。95年ベトナム国家大学(ハノイ校)経営学部学部長に就任(現任)。98年~2005年ベトナム若手企業家協会会長。2001年ベトナムソフトウェア協会(VINASA)会長に就任(現任)。02年世界情報サービス産業機構の執行委員会(WITSA)委員に就任(現任)。2015年第1回アジア・オセアニアコンピューティング産業協会(ASOCIO)副議長、ベトナムデジタル農業協会(DAA)会長に就任(いずれも現任)。17年ベトナムの行政手続改革諮問委員会副委員長、民間セクター開発研究委員会委員長に就任(いずれも現任)。91年ベトナム政府より名誉教授の称号を授与。2013年第18回日経アジア賞を受賞。
――2022年度のFPTソフトウェアの業績は、売上約8億ドル(約1100億円)、前年比27%増と好調だった。この2023年度はコロナ禍も明け、上昇基調は変わらないか。
グローバルなビジネスは非常に好調で、2023年度の売上予想10億ドルも達成できる見通しだ。エリア別の売上構成比で見ると、日本が全体の4割超、続いて米国が3割弱、残りの約3割がアジア・パシフィックと欧州、という構成になっている。
――日本法人であるFPTジャパンホールディングスの「333計画」(売上高3億ドルを年率30%以上、3年連続で伸ばす目標)の進捗はどうか。
2023年の日本法人の売上は、約500億円規模に達すると想定している。日本法人の成長率は、2022年度は33%、今年も上期(6月末)までで51%と、“333”を超えるスピードで成長している。
――FPTソフトウェアはこれまで、若く優秀なデジタル人材を強みとするオフショア開発で成長してきた。多くの日本企業は従来、中国でオフショア開発を進めてきたが、人件費の高騰や台湾有事など地政学リスクへの対応として、中国のオフショア開発を縮小・撤退する動きがある。インフラ企業が重要設備を導入する場合の事前審査などを定めた経済安全保障推進法の運用が2024年春に開始される点も懸念されているようだ。こうした動きは、追い風になっているか。
特に日本については、世界の地政学リスクや、日本国内のIT人材不足を受けて、追い風になっていると考えている。日系企業が中国に出していたオフショア開発を日本に振り向ける点と、ベトナムにシフトする引き合いが増えている。この傾向は多くの産業でみられ、特に金融、なかでも銀行・保険など、個人情報を取り扱う企業で目立つ。続いて多いのが、公共関連だ。
FPTではこれまで日本国内のニアショア開発センターを増やしてきた。2017年に沖縄にはじめて開設し、現在は2カ所になる。また昨年から福岡に2カ所、今年から北海道に1カ所、今年6月に栃木、7月には静岡に開設した。総勢600人が対応することになり、その半数がベトナム人のエンジニアだ。
コンサルティング機能の強化が奏功
――オフショア開発の拡大とともに、コンサルティング機能を強化して、企画から設計、開発、運用、保守まで包括的なソリューションを提供できる体制を強化してきた。成果は出ているか。
コンサルティングとエンド・ツー・エンドサービスに注力し、ワンストップでソリューションを提供できる体制を構築してきた。自社で足りない部分はパートナー企業と協業することで加速させる「新幹線プロジェクト」も並行で動いている。特に、開発後の運用保守は新幹線プロジェクトが功を奏し、ワンストップで提供できる体制の強化に繋がっている。
実績の一例を挙げると、たとえば日本の電子機器大手企業のグローバルな運用保守体制の構築を請け負っている。また日系大手小売り企業にもIT企画から参画して、設計・開発・運用保守までグローバルで請け負うなど、着実に成功事例が出てきている。
また、新幹線プロジェクトのもう一つの成功事例として、ベトナムや日本の顧客企業と合弁会社を設立し、共同で開発・運用保守に取り組むケースも進行中だ。
――2019年に日本のエル・ティー・エスとFPTコンサルティングジャパンを設立するなどして、コンサルティング機能を強化しており、それが営業面の強化にもつながったか。
弊社のコンサルタントが、お客様のプロジェクトの企画段階から参画するようになっている。他のコンサルティングファームと比べても、強い実行部隊がいることが強みとなり、企画から設計・開発・導入まで、一気通貫で効率的に対応できている。
ある日本のグローバル企業に対して、SAPやマイクロソフトのERP(統合基幹業務システム)を開発し、世界28カ国で導入、運用保守まで行った事例がある。
グローバルかつワンストップで展開できる点で、われわれと競合する日本企業にはまねできない強みだ。また、データドリブンの時代には、CRM(顧客管理システム)では、SalesforceのMulesoft、CMS(コンテンツ管理システム)ではSitecoreなど複数絡めた構築にも強い。
そのほか、日本の多くのお客様に共通する課題として、古いメインフレーム環境から新たにオープン化を進めるニーズが大きく、多くのご相談をいただいている。われわれは、AI、ビッグデータ、クラウドなど最新テクノロジーを得意とし、アプリケーションだけでなくインフラの運用保守をグローバルレベルで展開している。日本でも話題のEVシステムも、欧米のお客様の実績を携え、日本のお客様に提案しているところだ。
FPT大学出身者にはビリオネアも。卒業生人脈も魅力に
――FPTコーポレーションは2006年にFPT大学を設立して、みずからデジタル人材の教育も行っている。改めてFPT大学を設立した意味や効果を伺いたい。
2006年当時、ベトナムで民間企業として初めて大学を設立し、IT、とりわけプログラミングと日本語教育に力を入れてきた。そのころベトナムにIT教育関係の大学は300校あったが、ITだけでなく言語に注力する、特に日本語を教育する大学はほかになかった(※編集部注:第二外国語として、英語と日本語は必須。現在は、ほかに選択制で韓国語や中国語などを学ぶこともできる)。
これまで「学生の入学したい大学ランキング」のような統計では、常にトップに入ってきた。人気の理由のひとつは、就職率の高さだろう。入学後に6人に1人は海外へ行けるチャンスがあったり、優秀な学生は2年次からインターンシップとしてFPTグループ企業でOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を受けられたりして、卒業前にほぼ全員が就職の内定を獲得している。
年々、志望者数は増えており、いまでは大学だけでなく、小学校、中学校、高校、専門学校(2年)、短大(3年)、大学、大学院まで一貫教育を提供している。学生数は16万人にのぼる。言語に困らないデジタル人材の育成に力を入れ、小学校から、最新のテクノロジーとしてAIやChatGPTなどを教えている。
――日本のオフィスにもFPT大学の卒業生は多いのか。FPT大学の出身者はFPTコーポレーションへの就職が必須か?
卒業生はFPT以外にも自由に就職できる。ただし、日本でも相当数の卒業生が働いている。バイリンガル、トリリンガルも多く、リーダーレベルにFPT大学出身者が多い。FPTソフトウェア2万7000人中、FPT大学出身者のリーダー層は1500名超にのぼる。
FPT大学でもっとも特徴的なのは、即戦力を育成できる点だ。もともとIT企業が母体としてつくった学校なので、実際のITの現場で人材を教育してきた経験をいかしたカリキュラムになっている。開学当初は、奨学金制度によって国内外から優秀な学生を集めたことが奏功し、今やさまざまな場で活躍するOB・OGの人脈ネットワークも魅力になっている。
――FPTコーポレーションをかつて13人の若手科学者が起業したことを考えると、卒業後に起業を選ぶケースも増えそうだ。
FPT大学で成功している卒業生のなかには、ビリオネアが2人、ミリオネアが数十名いる。他の大学と比べても突出して優秀な学生が多いと言えるだろう。
「2030年までに世界トップ50」達成に向け成長加速
――FPTコーポレーション全体を見渡すと、FPTソフトウェア以外にも、FPTリテールが通信サービス事業のライセンスを取得してMVNO(仮想移動体通信事業者)参入をめざしたり、ファブレス型の半導体製造に乗り出したりと、多くの動きがあるなかで、グループ目標として「2030年までにエンド・ツー・エンドのDXソリューションおよびサービスプロバイダのトップ50に入る」と掲げている。いま何合目まできたか。
すでに日本ではトップ30に入ろうとしているし、シンガポールではトップ10に入っている。欧米でも着実に目標を達成できるよう成長を加速していく。