⑥裁量があったこと
私が残業200時間していたも辛くなかった大きな理由がこれだと思う。
所属していた部門は、個人の「裁量が大きい」のが特徴だった。
というのも、中小企業向けのコンサルティングは、大体1名から2名で動くので、細かな調整は必要ない。
つまり、多くを自分の裁量で決められる。
お客さんだけ見ていればいい。
これは、ストレスを大きく減らして、仕事の面白さを増やす。
「状況をコントロールできる」ことで、負荷は大きく減るのだ。
精神を病んでいく典型的な長時間労働とは
新人の時に経験した、「上司・先輩のコンサルタントへの同行」は一番キツイものだった。
自分に裁量がなかった。
「上司や先輩のコンサルタントへの同行なんて、任せてればいいからラクじゃない」
という方もいるが、とんでもない。あれは一番負荷が大きい仕事の1つだった。
仕事に慣れておらず、自分だけでは何一つできない状態で、先輩からの指示だけが飛んで来る。
・議事録つくってお客さんに投げといて
・お客さんに様式をわたしておいて
・日程調整しておいて
・説明会の案内を作っておいて
仕事がよくわからないながらも、飛んでくる指示をこなすことで一杯一杯となるあの状態は相当にキツかった。
さらに、お客さんを訪問したときは自分はひたすら「聴いているだけ」である。
ずっと黙っているのは非常に苦痛であるし、お客さんは全くコチラを向いてくれない。当たり前だ。金魚のフンのようにくっついてきている若造に、だれが話をしたい思うだろうか。
客先でも、先輩からも「下っ端」として扱われ、自分の裁量のないところで夜11時、12時まで拘束され、働くことを想像してほしい。
これは「精神を病んでいく」働き方の本質に他ならない。
自分がまだ救われていたのは、会社に「独り立ちまでのルール」が定められていたことだ。
何回か先輩と上司の同行を受ければ、あとは「一人でやりなさい」という明確なルールがあった。
そのルールに定められた規定回数をすぎれば、責任は重くなるが、自分の好きなようにやれる、自分のペースでやれる、お客さんとまともに話すことができる。
そう思えばこそ、あの時期に超長時間労働に耐えることができたのだと思う。
逆に「お前なんか、まだまだ若造だ」
とか、「本当にだめなやつだ、一人前になるのはかなり先だな」
と言われながら同じような働き方を続けなければならなかったとしたら、そして会社を辞めることができない状態なら、うつになったのだろうと推測する。
長時間残業でスキルを得るには条件がある
しかし多くの人は、こうした恵まれた環境にはないことだろう。
長時間残業でスキルを得て成長するには、先述の6つの条件が揃い、
「仕事の面白さがわかり」
「スキルアップの実感が伴い」
「様々な会社のノウハウを吸収でき」
「優秀な人たちとの人脈が手に入る」
という恵まれた状況にあるときでしかない。やはり私はラッキーだったのだ。
かつ、「まともな精神状態なら」という大前提がある。
疲れきっていて、合間に本も読めず、新しいチャレンジもせず、ただ仕事をこなしているだけでは、スキルアップにあまり役に立たないことだろう。
むしろ心身を壊していくだけである。
そして、繰り返しになるが、人間は本能として「コントロールする能力」を失うと、生きる力を失うのではないだろうか。
裁量のない仕事、それは時として、マネジャーが想像するよりも、遥かに大きな精神的苦痛なのだ。
「いや、私は裁量がなくても残業がなく、休みがあってある程度の給料がもらえればいいです」
という人もいるだろう。
でもそれは、プライベートな時間がコントロールできるからではないだろうか。
コンサルタントとしてさまざまな人と対峙して思ったのは、「仕事で成長したい」と思っている人は「仕事で自分の裁量がある」ことを望む。
もちろんここで述べたのは、あくまで個人の見解である。
しかし、昨今、コンサルが人気の就職先に躍り出るようになったのも、上記の条件が満たされている場合が多いからだと思う。
(本記事は『頭のいい人が話す前に考えていること』を元にした安達裕哉氏の書き下ろし記事です。)
ティネクト株式会社 代表取締役
1975年生まれ。筑波大学大学院環境科学研究科修了後、理系研究職の道を諦め、給料が少し高いという理由でデロイト トーマツ コンサルティング(現アビームコンサルティング)に入社。品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事し、その後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのちに独立。現在はマーケティング会社「ティネクト株式会社」の経営者として、コンサルティング、webメディアの運営支援、記事執筆などを行う。また、個人ブログとして始めた「Books&Apps」が“本質的でためになる”と話題になり、今では累計1億2000万PVを誇る知る人ぞ知るビジネスメディアに。