人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【面白すぎる医学のはなし】狭心症の薬の原料は「ダイナマイト」と同じ。では、なぜ心臓は爆発しないのか?Photo: Adobe Stock

爆弾の開発から生まれた薬

 スウェーデンの科学者アルフレッド・ベルンハルド・ノーベルは、発明家として歴史に名を残す人物だ。中でも、ノーベルのもっとも代表的な偉業が、爆薬の開発である(1ー3)。 

 十九世紀半ば、ノーベルはニトログリセリンの安全な製造、使用に関する研究に注力していた。ニトログリセリンは窒素を含む化合物の一つだが、わずかな振動でも爆発するほど不安定で、爆薬としての利用は難しい物質だった。

 一八六三年、ノーベルは金属製の容器を用いた起爆装置を発明し、ニトログリセリンを実用化に導いた。一八六七年には、珪藻土にニトログリセリンを染み込ませてペースト状にすると、より安全に爆発をコントロールできることを発見。この画期的な新製品を、彼は「ダイナマイト」と名づけた。「力」を意味するギリシャ語「dynamis」にちなんだ名前だ。

 その後もニトログリセリンを用いた爆薬に改良を加えて事業化し、建設業界に革命を起こした。ノーベルの発明によって、トンネルや運河、鉄道の建設などの際に岩盤を破壊するコストが圧倒的に削減できたからだ。

 だが同時に、その破壊力はむしろ兵器として重宝されることになった。こうした経緯から「死の商人」と揶揄されたノーベルは、自分の死後、巨額の財産を人類のために貢献した人物に分配したいと考えた。その遺志に従い、一九〇一年に創設されたのが「ノーベル賞」である。

ニトロの不思議な作用

 ノーベルは世界中に九〇以上の工場をつくり、ダイナマイトを大量生産していた。だが、これらの爆薬工場では、不思議な現象が起きていた(4)。

 工場で作業に従事する従業員たちが、仕事中に頭痛やめまいなどの不快な症状を訴えるのである。奇妙なことに、働き続けると症状は自然に治まるのだが、週末の休みを経て再び出勤すると、またしても同じ症状に悩まされてしまう。

 一方、狭心症を患っていた従業員は、なぜか工場での作業中には胸の痛みが軽くなり、週末になると痛みが再発するということをよく経験していた。工場内に舞う爆薬の成分が人体に何らかの変化を引き起こし、それが症状の原因になっているに違いない――。

 こうした背景から研究が進み、ニトログリセリンには血管を拡張させる効果があることが徐々に明らかになってきた。脳の血管が拡張することで頭痛やめまいが起こる一方、狭心症の発作は心臓周囲の血管が拡張することで抑えられる。これが創薬のヒントになった。

 その後、ニトログリセリンは狭心症の薬として改良され、発作時に舌の下に噴霧するスプレー剤や、舌の裏で溶かす舌下錠、貼り薬など、今ではさまざまなニトログリセリン製剤が販売されている。

 ニトログリセリンは、心臓の周囲を取り巻く冠動脈を拡張させる。冠動脈は、心臓を構成する筋肉(心筋)に血流を送る血管だ。冠動脈が狭くなって心筋への血流が不足し、胸の痛みが起こるのが狭心症である。心筋が壊死に陥った状態を、特に心筋梗塞と呼ぶ。

 ニトログリセリンは、連続的に使用すると耐性が現れ、徐々に効果が落ちることが知られている。従業員の頭痛やめまいが日を追うごとに軽くなったのは、それが理由である。

 心臓の薬がダイナマイトの原料と同じである事実は、何とも奇妙に思えるかもしれない。だが、医学を学べば学ぶほど、こうした現象はむしろ自然に思えてくる。人の体は、自然界に存在するありふれた化合物で構成された有機物にすぎないからだ。

 なお、ニトログリセリンがダイナマイトの原料だからといって、狭心症の薬が爆発する心配はない。薬の中に含まれるニトログリセリンは、ごく微量だからだ。

【参考文献】
(1)ThoughtCo.「Biography of Alfred Nobel, Inventor of Dynamite」
 https://www.thoughtco.com/alfred-nobel-biography-4176433
(2)Britannica「Alfred Nobel Swedish inventor」
 https://www.britannica.com/biography/Alfred-Nobel
(3)New World Encyclopedia「Alfred Nobel」
  https://www.newworldencyclopedia.org/entry/Alfred_Nobel)
(4)“After 130 years, the molecular mechanism of action of nitroglycerin is revealed” Ignarro LJ. Proc Natl Acad Sci U S A. 2002;99(12):7816-7.

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学を抜粋、編集したものです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に18万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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