私たちはふだん、人体や病気のメカニズムについて、あまり深く知らずに生活しています。医学についての知識は、学校の理科の授業を除けば、学ぶ機会がほとんどありません。しかし、自分や家族が病気にかかったり、怪我をしたりしたときには、医学や医療情報のリテラシーが問われます。また、様々な疾患の予防にも、医学に関する正確な知識に基づく行動が不可欠です。
そこで今回は、21万部を突破したベストセラーシリーズの最新刊『すばらしい医学』の著者で、医師・医学博士の山本健人先生にご登壇いただいた、本書刊行記念セミナー(ダイヤモンド社「The Salon」主催)の模様をダイジェスト記事でお届けします。(構成/根本隼)

Q. 以下の図は、何に使う器械でしょうか? 

【外科医が教える】手術で腸を縫うとき、昔は糸と針で手作業していた。では、いまは?

A. ②腸と腸をつなぎ合わせる

 かなりマニアックな質問です。これは、「サーキュラーステープラー」と呼ばれる、手術で臓器を切除した後に「腸と腸をつなぎ合わせる」ための自動縫合器です。つまり、円形に縫うことができる(=サーキュラー)ホッチキス(=ステープラー)ということですね。

 使い方は、私が作成した下の図をご覧ください。まず、先端の丸い円盤部分を片方の臓器に取りつけて、もう一方の臓器に器械の本体を差し込みます。そして、円盤部分と本体をつなげてレバーをガチャッと引くと、縫い目ができるというメカニズムです。

【外科医が教える】手術で腸を縫うとき、昔は糸と針で手作業していた。では、いまは?

 他にも、直線形の自動縫合器(リニアステープラー)など様々なタイプの商品があり、私も毎日のように使っています。

 昔は外科医が糸と針で一生懸命縫っていましたが、いまではほとんどの縫合を器械で行なっています

医学史とハンガリーのつながり

 自動縫合器は、ハンガリーのある外科医が1908年に初めて開発したのですが、当時の器械は組み立てに2時間かかり、重量は3.5kgもあったそうです。残念ながら、実用性には欠けていました。

 そんななか、ハンガリーの別の外科医、アラダー・フォン・ペッツが1920年、現在の自動縫合器の原型となる器械を作りました。それから幾度となく改良が重ねられ、いまの型になったといわれています。

 アラダー・フォン・ペッツという人名をわざわざ出したのには理由があります。実は、「ペッツ」という名前は外科医の間では広く知られていて、私たちはこの自動縫合器あるいは金属の針のことを「ペッツ」と呼んでいるからです。人名がモノのあだ名として使われている興味深いケースです。

 ちなみに、「手洗いの効果」を世界で初めて証明したゼンメルワイスも、ハンガリー出身の医師です。

 彼は、感染症の成り立ちが全くわかっていなかった19世紀半ばに、手洗いによって「手についた汚れ」を落とせば感染を防止できるということを突き止めました。

 当時この発見は医学界で全く信用されず、彼は精神疾患を発症して40代で亡くなってしまいましたが、その何十年も後、彼の主張が正しかったことが判明しました。そのため、現在では、彼はハンガリーの英雄として称えられています。

 なお、今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した、カタリン・カリコ先生もハンガリー出身です。ハンガリーという国は、医学史をひもとくと随所に出てくる面白い存在ですよ。

【訂正】記事初出時より以下のように補足しました。1ページ目の7行目の文章を追加しました。「他にも、直線形の自動縫合器(リニアステープラー)など様々なタイプの商品があり、私も毎日のように使っています。」を追記しました。(2023年12月29日13:08 書籍オンライン編集部)

(本稿は、ダイヤモンド社「The Salon」主催『すばらしい医学』刊行記念セミナーで寄せられた質問への、著者・山本健人氏の回答です)