直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身やおすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。
吉川英治作品に
旧字体を学ぶ
知らない漢字といって思い出すのは、吉川英治の作品です。
私が吉川英治にハマったのは中学1年生の頃でした。古本屋で全集を手に入れ、ページを開いた途端、違和感に気づきました。旧字体で書かれていて、読めない漢字だらけだったのです。
それでも、読めないながらも意味を想像しつつ読み進めていたら、不思議と旧字体が理解できるようになりました。
英語を聞き続けていたら、あるとき急に理解できるようになるといいますが、それと似ているのかもしれません。
山本周五郎の作品で
初めて知った言葉
当時はネット検索が一般的ではなく、検索できたとしても偏の読み方すらわからなかったので、自分の頭で推理しながら、どうにか読み解いていました。
祖父に聞いて読み方を教えてもらったりするのも、なかなか楽しい経験でした。
「屹峭(きっしょう)」という言葉を初めて知ったのは、山本周五郎の作品を読んだときでした。屹にも峭にも「けわしい」という意味があり、「屹峭たる断崖」といった表現で用いられます。
2回読んで
脳内辞書に記録
一目見て何となく「険しい崖だろうな」と思ったのですが、実際に漢字を調べて意味を確認しました。それでも一度読んだだけでは、なかなか頭に定着しません。
2回目に読んだときに、やっと自分の脳内辞書に記録されたという感触があり、自分の小説にも使うようになりました。
同じ意味でも
視覚的なニュアンスの違い
同様の経緯で覚えた言葉に「松籟(しょうらい)」もあります。籟には「ひびき」の意味があり、松の梢こずえに吹く風をあらわします。
ちなみに東京・渋谷には松濤(しょうとう)という高級住宅地がありますが、松濤も松に吹く風を波にたとえていう言葉です。
松風といっても意味は同じですが、松籟は漢語的な表現であり、視覚的にもニュアンスの違いがあります。
少し硬めの漢字を
意図的に使うテク
私の場合、読者の知的欲求度が比較的高いと思われる単行本では、意図的にこういう漢字を使っています。
また、校正段階で全体的に平仮名が多くて緩んでいると感じたときに、少し硬めの漢字を使うと締まりの良い印象が生まれることもあります。
作家によっては特有の語彙もあるので、言葉使いの癖に注目するのも面白い読み方です。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。