多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「傾聴しますアピール」が強い上司がウザい! その残念すぎる理由とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「伝え返し」という「傾聴スキル」の“落とし穴”

 新米カウンセラーやコーチが、「傾聴スキル」として最初に習うのが、「オウム返し」のような「伝え返し」です。

「オウム返し」とは相手の言葉をほぼそのまま返すこと。「傾聴」の生みの親である心理学者カール・ロジャーズの言葉を借りれば“Reflection”、一般的に「反射」と訳されます。

「伝え返し」の場合は、そこに相手の言葉で表現されていない真の意図や意味、感情などをすくい取り、鏡のように相手に返します。一般的には“Clarification”、「明確化」と訳されます。

 そして、これらを聴き手が繰り返すことで「①話し手との信頼関係が深まる」「②話し手が自分の感情や意図に気づくことができる」「③話し手の意図や真意を確認することで、聴き手が間違いを修正できる」などが期待されるとされています。

 しかし、往々にして、この「伝え返し」は逆効果になりがちです。

 なぜか?

 それは、日本語で「伝え返し」と呼ばれている行為の本来の意味が、「理解の確認(Testing Understanding)」であることがわからないまま、ただ機械的に「オウム返し」をしているだけだからです。

 例えば、「1on1」において、後輩(Aさん)との関係性に悩む部下が「Aさんがなんというか、やる気が感じられないっていうか、打っても響かない感じで……」と言ったときに、上司が「Aさんがは、やる気が感じられない、打っても響かない感じなんですね」などと単に「オウム返し」したところで、何の意味もありませんよね? 意図や目的のない単なる「手段・テクニック」を型通りにこなしているだけなのですから、それで「話し手との信頼関係が深まる」といった効果が生まれるはずがないのです。

 ところが、「オウム返し」をやっている本人は、「自分は傾聴スキルを使いこなしている」などと勘違いしているために、「傾聴できてるつもり」になってしまいがち。なかには、わざとらしい「傾聴スキル」を駆使することで、「傾聴しますアピール」をする上司もいます。

 しかし、その実態は、部下に「この人、本当に話を聞いてくれてるのかな?」「形式的なコミュニケーションに終始してるような気がするな」「なんだか信頼できない」などと思われてしまっているのです。実に恥ずかしいことではないでしょうか?(かつての私は、この穴にはまっていました……)

「伝え返し」をすることで「理解の確認」をする

 一方、「伝え返し」が「理解の確認」であることがわかっている上司ならば、例えば、次のように会話は進展するかもしれません。

部下「Aさんがなんというか、やる気が感じられないっていうか、打っても響かない感じで……」

上司「響かない感じ……(沈黙)……なんですね……」(などと口にしながら、脳内で「やる気が感じられないってどんな感じだろう?」などとAさんの姿をイメージする)

部下「そうなんですよ。やっぱ、Z世代はよくわからないっすわ」

上司「Z世代ねぇ。君が言うZ世代ってどういう意味?」

部下「うーん。なんというか、何事もそこそこで、冷めているっていうか……」

上司「ほぉ……。君からAさんを見ると、熱さがなくて、冷めているように見える、ということなんですね?」(やや遠慮がちに)

部下「そうなんです。そうそう!熱さが足りないんですよ」

 この上司は、「部下の感情や意図、真意など」を理解しようと、「響かない感じ……(沈黙)……なんですね……」と「伝え返し」をしたり、「Z世代ねぇ。君が言うZ世代ってどういう意味です?」「ほぉ……。君からAさんを見ると、熱さがなくて、冷めているように見える、ということなんですね?」と「質問」をしたりしています。

 その結果、部下は最初に「Aさんがやる気が感じられない」と言いましたが、より正確に言うと「Aさんに熱さが足りないと感じている」ことがわかったわけです。このとき、「②話し手が自分の感情や意図に気づくこと」ができたと言えますし、上司と部下の間にはわずかばかりとは言え「信頼関係」も芽生えているのではないかと想像できます。

 このように、単に意味もなく「オウム返し」することに意味があるわけではなく、「相手の感情や意図、真意など」を理解しようとして、その理解が正しいかどうかを「確認」するために「伝え返し」をすることに意味があるのです。そして、そういう「心の状態=Being」にあるときに「傾聴」が成立するというわけです。

相手に対するリスペクトを示す

 その際に大切なのは、「相手の感情や意図、真意など」の理解を確認するときに、「そこには自分の推測が含まれている」ということをよく理解しておくことです。

 先ほどのケースで言えば、「何事もそこそこで、冷めているっていうか……」という部下の発言を上司なりに理解して、「君からAさんを見ると、熱さがなくて、冷めているように見える、ということなんですね?」と、「熱さがない」というフレーズを付け加えて「理解の確認」をしていますが、この上司は、それが自分の推測にすぎないことを十分に認識しているように感じられます。

「理解の確認」をするときには、この「謙虚さ」が大切です。場合によっては、「私の理解で合っていますか? 間違っていたら修正してくださいね」などと付け加えるのもいいでしょう。そうすることで、相手に対するリスペクトを示すことも「傾聴」を進めるうえで欠かせないないことだからです。

 このように、「傾聴のテクニック」として機械的に「伝え返し」をしても意味がありません。自分の「理解」が合っているかどうかを謙虚に「確認する」ことが大切なのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。