多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「浅い会話しかできない人」と「深い対話ができる人」の決定的な違いとは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「言葉」を聴くな、「追体験」せよ

「傾聴」の真髄は、「『言葉』を聴くな、『追体験』せよ」の一言につきます。

 英語で言うならば、 “Don’t Listen. Experience !” 。まさに、ブルース・リーの名言 “Don’t Think. Feeeeel !” にも似た、目から鱗の真言ではないでしょうか。

 これは、「傾聴」の生みの親である、心理学者カール・ロジャーズ(注)の重要な教えなのですが、これが一般に伝わる過程で大きな誤解が生まれました。それが、傾聴とは無条件に受容「する」ことであり、共感的に理解「する」ことである、つまり「動詞=Doing」であるという誤解です(中田行重、『臨床現場におけるパーソン・センタード・セラピーの実務─把握感sense of gripと中核条件』、創元社、2022、P16─22)(池見陽、『傾聴・心理臨床学アップデートとフォーカシング 感じる・話す・聴くの基本』、ナカニシヤ出版、2016、P139)

 その結果、間違った(ロジャーズの意図とは異なる)傾聴が根づいてしまいました。「伝え返し」がその典型です。例えば、部下が「人を育てるのって難しいですね……」と言ったのに対して、上司が「人を育てるのは難しい、と感じているんですね」と伝え返しをする。このように、スキルをなぞるように、ただ単に「言葉」を「伝え返し」を「する(Doing)」ことが傾聴であるかのような間違いが広まってしまったのです。

(注)カール・ロジャーズ(1902─1987)
アメリカ合衆国の臨床心理学者。人間性心理学の代表格であり、1982年に行われたアメリカ心理学会に所属する800名へのアンケート調査「最も影響力のある心理療法家」で第一位に選ばれた。「来談者中心療法」「人間性中心アプローチ」と呼ばれる療法を築き、「傾聴」および「現代カウンセリング」の産みの親であり元祖であると評されている。

「あなたは、そう感じたんだねぇ」と体験する

 では、本来は何をすべきとロジャーズは伝えていたのでしょうか。
 それは「体験(Experience)」です。ロジャーズの真意は「受容する」「共感的理解をする」ことではなく、「受容を体験している」「共感的理解を体験している」こと。つまり、聴き手が心の中で「あなたは、そう感じたんだねぇ」「そんなことがあったんだねぇ」と体験(実感)していることです。

 例えば、部下が「後輩のAさんが、やる気が感じられないっていうか、打っても響かない感じで……」と言ったあとに、上司が何も考えずに「Aさんにやる気が感じられない、打っても響かない感じ、と感じているんですね」と「伝え返し」をすることに意味はありません。しかし、上司が「響かない感じ……なんですね」と言いながら、「それってどんな感じだろう?」と自分自身の体の中で響かせていたらどうでしょうか? 上司が本気でそう自問自答しているとき、その上司は「部下の気持ち」をまさに「追体験」しようとしているわけです。そして、その余韻のある態度や雰囲気はきっと目の前の部下にも伝わるはずです。

 このように、単に「響かない感じなんですね」と伝え返しを「する」(動詞=Doing)のではなく、部下の感じたことを「追体験」しようとする「心のありよう」、すなわち「状態=Being」になることこそが、「傾聴する」ということなのです。

 繰り返しますが、オウム返しや伝え返しを「する」という「動詞=Doing」にばかり目がいってテクニックに走り、結果として傾聴ができていません。そうではなく、テクニックをいったん脇に置いてひたすらに「『そうなんだねぇ』という、心のありよう=Beingを体験する」ことに意識を向けることが重要であり、それが結果として「傾聴」になるのです。

「話す人」「聴く人」という関係性から抜け出す

 では、そのような「心のありよう」になるためには、どうすればいいのでしょうか? 簡単にイメージをしてみましょう。

 まずは、心の中で、二人が正面から向き合うのをやめ、聴き手が話し手の隣に座り直すイメージをします。そうすることで、「話す人」「聴く人」という関係性から抜け出し、話し手のストーリーを目の前の壁に映画のように投影し、二人でそれを鑑賞するイメージで話を聴くのです。

 そして、聴き手はそのドラマの主人公になってハラハラドキドキと感じてみます。言葉を換えるならば、聴き手が話し手の脳の中(内的準拠枠)に手をつないで入っていくような感じともいえるでしょう。もしそのような心のありよう(=Being)が実現できれば、すでに傾聴のプロセスに入っていると言えるでしょう。

 このように、傾聴とは、話し手が語った「言葉」を聴くことではありませんし、ましてやスキルをなぞって「伝え返し」などをすることでもありません。話し手の体験を「追体験」しようとする「心のありよう」になることが大切であり、それが結果として「傾聴」になるのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。